藤江直人(ノンフィクションライター)

 ひな壇から発せられる一言一句がロシアの地で繰り広げられた、まだ記憶に新しい死闘の数々を鮮明に思い起こさせる。7月5日に行われた日本代表の帰国会見。会場となった千葉・成田市内のホテル2階の宴会場を埋めたメディアから、時には笑い声も沸き起こる中で進んでいた雰囲気が一変した。

 それは、登壇した日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長、日本代表の西野朗監督、そしてキャプテンのMF長谷部誠(独、アイントラハト・フランクフルト)がそれぞれロシア大会を総括。メディアからの代表質問や質疑応答を終え、司会者から「最後にひと言」と促された直後だった。

 「監督の任を西野さんにお願いする時に、西野さんからあったのは『結果がどうであれ、この大会で終わる』ということでした。僕はその約束をしっかりと守りたいと思いましたので、慰留はしませんでした。7月末をもって日本代表監督の任を終了することになりますが、また違った形で日本サッカー界に貢献し、サポートしていただければと思っています」

 田嶋会長がおもむろに明言したのは、今月末でJFAとの契約が切れる西野監督の退任だった。3戦全敗でのグループリーグ敗退もやむなし、とされた開幕前の下馬評を鮮やかに覆し、2大会ぶり3度目のグループリーグ突破へ日本を導いた指揮官に対する評価は右肩上がりの曲線を描いていた。

 初戦で強敵コロンビア代表を2‐1で撃破し、第2戦では難敵セネガル代表と2‐2で引き分けると、一転して「ロシア大会後も続投へ」と報じたスポーツ紙もあった。しかし、優勝候補ベルギー代表と歴史に残る死闘を演じ、後半アディショナルタイムにカウンターから喫した失点で敗れた決勝トーナメント1回戦を境に風向きが大きく変わった。

 一夜明けた4日には、現役時代は西ドイツ代表FWとして1990年のイタリア大会を制した、ユルゲン・クリンスマン前ドイツ代表監督の次期日本代表就任が決定的になったと、一部スポーツ紙が1面で大々的にスクープを打った。一方では西野監督の続投論も根強く報じられる中で、代表が帰国した5日に突如として西野監督の可能性が潰えたわけだ。
帰国会見で話す日本代表・西野朗監督(左は、長谷部誠)=2018年7月5日、千葉県成田市(撮影・加藤圭祐)
帰国会見で話す日本代表・西野朗監督(左は、長谷部誠)=2018年7月5日、千葉県成田市(撮影・加藤圭祐)
 「契約が今月の末日までですので、(日本代表監督という)この任を受けた瞬間から、ワールドカップ終了までという気持ちだけでやってこさせてもらいました。途中でこういう形になりましたけど、今は任期をまっとうしたという気持ちでいます」

 一時はベルギーから2点のリードを奪い、日本がまだ見ぬベスト8以降の世界へ通じる扉に手をかけながら、無念の逆転負けを喫した幕切れに西野監督は努めて前を向いた。一方では初めてワールドカップの舞台で指揮を執った自分の、ある意味で限界を認めるような言葉も残している。

 「試合展開が日本にとって好転していっている中で、あのシナリオは自分の中ではまったく考えられませんでした。ベルギーから3点目が取れるとチーム力に対して自信を持っていましたし、実際にそうなるチャンスもありました。それでも、紙一重のところで流れが変わってしまった。私だけでなく、選手たちもまさかと感じた30分間だったと思います」