島田裕巳(宗教学者)

 オウム真理教の教祖だった麻原彰晃をはじめ、7人の死刑囚の死刑が執行された。死刑制度の是非はあるものの、日本がその制度を堅持している以上、執行は当然のことである。これで、世界を驚愕させたオウム真理教の事件に一つの大きなけじめがついたことは間違いない。

 一連のオウム事件で逃亡していた3人が逮捕され、その裁判が終結した以上、いつ死刑が執行されても不思議ではなかった。ただ、宗教団体の教祖を死刑に処するということは、近代の日本社会では初めてのことである。

 とはいえ、オウム真理教が「Aleph」(アレフ)や「ひかりの輪」といった形で残存しているため、死刑によってどういうことが起こり得るか、法務省は慎重に検討を進めたようである。

 死刑囚の移送が行われ、麻原らの死刑が近づいていると報道された段階で、麻原は法廷で事件の真相を十分に語っていないため、法廷での奇行の原因となった精神的な病を治療し、その上で証言をさせてから、死刑を執行すべきだという見解を示した人たちがいた。麻原が語らなければ事件の真相は明らかにならないというわけである。

 だが、麻原は自らの手で犯行に及んだわけではなく、弟子たちに指示してそれを行わせた。そして弟子側は、法廷で事件の経緯について詳しく証言しており、どういった形で事件が起こったかは明らかになっている。

 分かっていないのは、地下鉄サリン事件の実行を最終的に誰が決めたかであり、麻原とそれを協議したと思われる教団幹部だった村井秀夫が殺されたことで、その点は明確になっていない。村井がなぜ殺されなければならなかったのかも、謎に包まれている。しかし、その他のことはあらかた明らかにされているのではないだろうか。
会見するオウム真理教の教祖、麻原彰晃死刑囚=1990年、静岡県富士宮市
会見するオウム真理教の教祖、麻原彰晃死刑囚=1990年、静岡県富士宮市
 もう一つ、法廷で明らかにされなかったのは、教団の資金力である。事件の背景に、教団が相当な資金力があったことは間違いない。

 その点について、最近私は、オウムの元幹部で、現在はひかりの輪の代表である上祐史浩氏と対談する機会があり、以下のような注目すべきことを聞いた。

 オウム真理教は1992年にロシアに進出したが、その際、1億円を支払えば、大統領のエリツィンに会えると話をもちかけられ、実際に1億円を支払ったという。大統領には結局会えなかったが、それがロシア進出の大きなきっかけになった。

 当時のオウムは、信者からの献金やパソコンの廉価販売で莫大な収入を得ていた。1億円を出すことができたのも、それだけの収入があったからだ。