仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長)

 沖縄県選挙管理委員会は任期満了に伴う知事選を11月1日告示、同18日投開票とする日程を決めた。米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止を公約とした翁長雄志知事が当選して以来、政府と沖縄県の対立が続いてきたが、その解消の可否がかかるだけに注目が集まる重要な選挙である。

 自民党県連などでつくる候補者選考委員会は7月5日、会合を開き、宜野湾市の佐喜真淳市長の知事選擁立を全会一致で決め、正式に出馬を要請した。一方、選考委の発表を待たずに、独自に出馬表明していたシンバホールディングスの安里繁信会長は「選考委のプロセスが不透明だ」と不満を訴え、「佐喜真氏との一本化は諦めない」と改めて立候補する考えを強調している。

 この状況を受けて、「佐喜真氏は受諾する見通しで、保守分裂含みの選挙戦になる」と県内メディアを中心に報じられている。だが、安里氏が出馬を取り下げない限り、佐喜真氏が、宜野湾市長の座を革新に奪われるリスクを冒してまで出馬を決断するのは容易ではない。

 一方、辺野古移設に反対する「オール沖縄」陣営が再選を期待する翁長氏は、4月に受けた人間ドックで膵(すい)がんが見つかり、4月21日に摘出手術を行い、約1カ月後に退院した。6月12日開会の県議会定例会への対応に注目が集まったが、抗がん剤治療中の翁長氏は議会運営委員会で認められた帽子を着用して出席し、そのやつれた姿は同情さえ集めている。

 常識的に考えれば、抗がん剤治療を受けながら、激しい選挙を戦うことも、当選後に知事としての公務をこなすことも無理がある。しかし、日本共産党の志位和夫委員長は、翁長知事の再出馬は既定路線だとして「翁長知事の再選を必ず勝ち取るために頑張り抜こう」と訴え続けているのである。

 また、県議会与党の会派おきなわは、5月27日に「翁長知事を支える政治・経済懇和会」を発足させた。さらに、7月6日には県政与党会派の議員が集会を開き、翁長氏擁立を目指して一致して取り組むことを確認した。オール沖縄にとっては、やはり「翁長の代わりは翁長しかいない」というのが実情のようである。

2017年9月、外務省で佐藤外務副大臣に
要請を行う沖縄県の翁長雄志知事(原田史郎撮影)
 だが、翁長県政が誕生してから約3年半の県内市長選で、自民系候補は8勝1敗と圧倒している。辺野古移設反対の大義となっていた名護市長の座も8年ぶりに奪還し、自衛隊配備が争点となった先島諸島の石垣市、宮古島市でも勝利を収めた。安全保障に大きな影響を及ぼす可能性のあった与那国町長選に至っては、革新側は擁立すらできずに終わったのである。

 結局、翁長知事の誕生以来、オール沖縄系候補が勝ったのは南城市長選のみで、それも65票の僅差である。知事選前に残された市長選は豊見城市と那覇市だけだ。さまざまな課題のある選挙だが、新聞マスコミがいくら笛を吹いても県民は踊らなくなっている。むしろ、マスコミ報道とは正反対に、沖縄におけるオール沖縄勢力は急速に支持を失いつつあるのである。

 自民県連にとって、この流れを受けた知事選は県政奪還の大きなチャンスである。それには、自民党を中心とした支援組織が一枚岩になることが前提条件になる。ところが、現在の保守陣営の分裂により、この大チャンスを失いかねない状況にある。本稿ではその深因を探ってみたい。

 まず、沖縄の選挙において、革新系の候補擁立が本土より数段進んでいることを忘れてはならない。本土ではここ数年になって、「野党連合」というスローガンが聞こえ始めたが、現実はほとんど追いついていない。