吉野嘉高(筑紫女学園大学教授、元フジテレビプロデューサー)

 まずは、今回の豪雨により被災された方々に心よりお見舞い申し上げたい。一日も早い復旧により、普段通りの生活が戻ってくることを祈っている。

 さて、この原稿を書いている時点では、まだ被害は拡大しており、災害報道のあり方を総括する段階ではないかもしれない。ただ、7月5日に気象庁が「記録的大雨となる恐れがある」と警戒を呼び掛けてから、これまでのテレビ報道に関して「取り上げ方が小さすぎる」「腰が引けている」などの指摘がある。

 録画していた民放のニュース番組を改めてチェックしてみると、確かに「何かが足りない」ような気がする。なぜこの緊急事態に民放テレビ局の報道姿勢が消極的に見えるのか、これまでの放送内容に問題点はなかったかどうかについて、特にニュース番組の初動対応を中心に考察してみたい。

 まずは、5日夜のテレビ各局のニュース番組について振り返ってみよう。番組では、キャスターや気象予報士が落ち着いたトーンで、「大規模な土砂崩れや河川の氾濫の恐れもあるため警戒が必要である」と大雨への注意を呼び掛けていた。

 テレビ各局には、災害時の対応の仕方や放送上の注意点をまとめた「災害マニュアル」がある。マニュアルでは、視聴者がパニックにならないように、あおらず冷静に伝えることが原則となっているため、適切な対応である。いわゆる「L字画面」で、随時大雨の状況や避難情報も表示しており、各ニュース番組は、情報をきちんと整理して伝えていた。

 ところが、テレビを見ている側からすると、大雨情報は報じられていても、「未曽有の大災害の恐れがある」という切迫感があまり伝わってこないために、「何かが足りない」印象を受けてしまったのである。

 その後、「大規模な土砂災害」や「河川の氾濫」が実際に発生し、気象庁の予測が的確だったことが証明されたが、5日の段階では、サッカー日本代表の帰国やタイの洞窟に閉じ込められた少年たちに関するニュースも、それなりの時間を取って放送していた。とりわけ視聴者の関心が高くなるはずの天気コーナーでも軽やかなBGMが流れていて、番組全体の雰囲気は非常時対応ではなく「通常運転」であったことがうかがえる。
2018年7月6日、激しい雨が降る中、JR博多駅前を行き交う人たち
2018年7月6日、激しい雨が降る中、JR博多駅前を行き交う人たち
 テレビというメディアは、視聴者の五感に訴えかける。ニュース番組に出演している人の話の内容、すなわち「言語情報」だけでなく、話すときの表情、声色、しぐさのほかスタジオの雰囲気やBGMなどによる視覚情報、聴覚情報などの「非言語情報」が大きな意味をもつ。

 豪雨の初期段階でのニュース番組から発信された情報に当てはめて考えてみると、「言語情報」では豪雨による被害拡大の危険性が高いことを強調していながら、視覚情報や聴覚情報から、あまりそのリアリティーが伝わってこなかったことが問題である。「言語情報」と「非言語情報」にギャップがあったように思う。