もちろん、それは国内からの参加者も同様であった。東京など東日本から米子に向かう場合、空路利用が多いので、そこまで移動経路が遮断されているとは到底実感できない。一方で、西日本からの参加者は、あらゆる手段が寸断・遮断され、にっちもさっちも行かない…という状況になっていた。

 だから、到着した参加者の多くが、いったん西日本から空路で東京の羽田空港へ向かい、そこからまた空路で米子に行くという信じられないような大回りで、どうにかして到着していた。

 大きな迂回(うかい)経路を利用するということは、数万円の交通費を新たに消費するということも意味する。しかし、学会参加による出張では、参加できなければ出張旅費が支出できなかったり、国によってはめったに海外出張が許されない大事な機会であることが少なくない。また、座長などの役職者であれば、自分が到着しなければ学会が始められない…といった抜き差しならぬ事情を抱えることが多く、相当無理をして到着してきた参加者も少なくなかった。

 この時に痛感したことは、被災地の現地以外の居住者に向けられたテレビで放送される情報の多くが、「しょせん全国放送向け」の薄い情報や、大衆的な興味を喚起できる、すなわち視聴率を獲得できそうなショッキングな情報ばかりであるという現実だ。

 一方で、学会の会場にどうにかして到達した「猛者」たちの全てが、ネットで細かい情報を入手していた人ばかりであった。テレビが繰り返し映し出す「独占スクープ」の悲惨映像などは何の役にも立たない。つまり、テレビなどの主要メディアは「ショッキングな映像」以外に有用な情報はほとんど提供しきれていなかった。「公共の電波」と言いつつも、全く公共的には機能していなかったわけである。

 しかしながら、テレビには主要キー局だけではなく、それにネットワークを形成する多くの地方局を抱えている。当然、それら地方局や放送網を効果的に利用すれば、さまざまな情報の収集や発信が可能であろう。
2018年7月7日、冠水した岡山県倉敷市真備町で、ヘリコプターで救助される人(産経新聞社ヘリから)
2018年7月7日、冠水した岡山県倉敷市真備町で、ヘリコプターで救助される人(産経新聞社ヘリから)
 もちろん、被災地の地方局では、現地ならではの細かい情報を発信していたであろうが、それはあくまでもローカル局が現地に向けて制作したローカル番組でしかない。そのような番組が東京のキー局に届き、全国に発信されたような事例は多くないだろう。

 地方局がリアルな「情報センター」として機能していたとしても、その情報が他に届かなければ、われわれは被災地の現実を知りようもないし、対策もできない。キー局による全国ネットの「情報バラエティー番組」は、視聴者の目を引くようなスクープ映像や同情する以外に視聴者には何もしようがないショッキング映像ばかりだ。それにコメントするタレントの喜怒哀楽を映し出すことが、公共の電波の役割ではあるまい。