最近でも、作家の島田雅彦氏がなんと村田沙耶香氏の芥川受賞作『コンビニ人間』の選評において「巷には思考停止状態のマニュアル人間が自民党の支持者くらいたくさんいるので、風俗小説としてのリアリティはあるが、主人公はいずれサイコパスになり、まともな人間を洗脳してゆくだろう」と、それこそ「むしろお前がサイコパス以外の何ものでもないだろう」と言いたくなるような貶(けな)し方で受賞に猛反対した。

 こうした症例から見ても分かるように、ツイート主の「保守の人はオウム真理教をなぜか無理矢理『左翼』として分類する傾向があるんだけど」という言葉には、確かに「盗人にも三分の理」ほどの真実が含まれている。オウムは左翼などではない。そんな雑な分類をしてしまったら、真面目に人権平和などに取り組んでいる本物の左翼に失礼だ。

 左翼はサヨクとは違う。左翼のふりをしたただのサイコパスであり、テロ集団なのである。イデオロギーはただのコスプレであり、単に自らの卑しい支配欲求や暴力衝動を満たすための手段として人権だの反差別だのを悪用しているに過ぎないのである。

 そのことは、朝日新聞や「進歩的文化人」が戦前戦中は敵を「鬼畜米英」「非国民」と罵(ののし)るバリバリの軍国主義者であったにもかかわらず、敗戦後手のひらを反すように平気で平和だの人権だのを騙(かた)り、北朝鮮や中国、旧ソ連による核兵器やテロを擁護する「平和主義者」(自称)に転向した事実を見ても明らかだ。

 サヨク連中が「オウム真理教は日本会議と同類」などと言いつつ、なぜかオウムの味方はするのに日本会議のことは「人間じゃねぇ! たたっ斬る!」とまでわめき散らす理由も明らかだ。宗教かどうか、左右どちらかなんて全く関係ないのだ。単にオウムが、自分たちサヨク同様の反政府暴力テロ集団だからこそシンパシーを持ったに過ぎない。

 サヨクが左翼過激派を応援し、時に連携協力する理由も、「思想が同じ」だからなどではない。単に自分たちサヨク同様の反政府暴力テロ集団だからである。ゆえに予言しておくが、例えば今まさに「ネトウヨ死ね」などと口汚く罵っている人間がもし仮に政府要人に暗殺などのテロを仕掛ければ、サヨクは躊躇なく「よくやった!」と礼賛するに違いない。

緊急停止した東海道新幹線「のぞみ225号」の車内でしゃがみ込む乗客(左)=2018年6月30日、神奈川県小田原市
緊急停止した東海道新幹線「のぞみ225号」の車内でしゃがみ込む乗客(左)=2018年6月30日、神奈川県小田原市
 実際、東海道新幹線車内で乗客3人が切りつけられ死傷した事件でもそうだが、その種の無差別殺傷事件が起きるたびにツイッター上には「なぜ弱者ではなく、安倍やネトウヨをを殺さなかったのか」という恐るべきツイートであふれ返っている。サヨクフェミニストたちが東京都知事選の最中にセクハラ問題が浮上したジャーナリスト、鳥越俊太郎氏をこぞって支持したことも記憶に新しい。