杉山崇(神奈川大人間科学部教授)

 「日本にはサッカー文化がない」という話をよく耳にします。1993年、日本サッカー史上でワールドカップ(W杯)に最も近づきながらも敗退した「ドーハの悲劇」からすでに四半世紀が過ぎましたが、その当時からずっと言われているような気がします。多くはサッカー文化のなさを「勝負どころで勝ちきれない一因」として論じているように思えます。

 日本におけるサッカー文化については、かなり評価が分かれるテーマだと思われます。「サッカー先進国」と呼ばれる欧州や南米とは違う独自のサッカー文化が展開されているので、先進国の基準で考えると「文化がない」ように見える、という可能性もあります。

 また、仮にドーハの悲劇の当時に文化がなかったとしたら、25年という歳月は文化を形作るのに十分な時間だったのか、という評価も必要でしょう。その一方で、サッカージャーナリストの湯浅健二氏の著作『日本人はなぜシュートを打たないのか?』のように、日本人の国民性とサッカー文化を絡める識者もいます。本稿では日本、サッカー、文化、この三つのキーワードから心理学的に考察してみましょう。

 文化を考える手がかりには、家族制度、贈与交換など多様な切り口がありますが、筆者はサッカーと日本文化を結びつける手がかりの一つとして「祭り」に注目しています。実は、日本人は古来「祭り」を精神的な支えとして生きてきた民族なのです。

 民俗学者の櫻井徳太郎(1917~2007)は娯楽も少なく、簡素で単調な日々の生産活動に追われる「ムラ社会」での暮らしの中で、心理的なエネルギーが枯れることに注目しました。このエネルギーを補填するものが「祭り」です。

 日本の民俗学では近代以前のムラ社会には、おおむね月に1回は何らかの祭りがあったと言われています。祭りの主役は男の子、女の子、ムラの奥さま方…と基本的に毎月変わるわけですが、秋祭りと正月(旧)では、みんなが主役として盛大に行われていました。この祭りを通して華やかな気分を共有して、日々の単調な生産活動を営むエネルギーをもらっていたわけです。

 ムラ社会では、祭りは基本的にムラを挙げて行われますので、「村八分」などの例外もありますが、基本的に誰もが祭りに巻き込まれて気分的なエネルギーを得ることができました。また、多くの日本人はムラ社会以外の生き方も知らなかったので、このシステムに疑問を持つこともなく参加していたことでしょう。
セネガル戦で応援する日本サポーター=2018年6月、ロシア・エカテリンブルク(甘利慈撮影)
セネガル戦で応援する日本サポーター=2018年6月、ロシア・エカテリンブルク(甘利慈撮影)
 しかし、近代化とともに、生産単位がムラから「カイシャ」に移行する中で、ムラ社会の役割は薄れてきました。ムラ社会以外の生き方も覚え始めた日本人の多くは、ムラ社会から離れた生き方も探り始めたのです。その結果、半ば強制的にでも巻き込んでもらえる祭りも失いました。現代の日本人は自分で自分の「祭り」を探し、時に創作しなければならなくなったのです。

 日本が出場するW杯で盛り上がる人々の中には、「自分たちの祭り」としてサッカーを楽しんでいる人々も少なくないように思えます。そして、古来日本人が行ってきたように、祭りでエネルギーをもらって日々の暮らしに戻るのです。

 もちろん、サッカーを通してのサポーターコミュニティーは日ごろからつながっているかもしれませんし、日々の楽しみとしてひいきのクラブチームを応援しているかもしれません。その中で、よりよい応援者としての文化が熟成されているかもしれません。