では、なぜトランプ大統領は金委員長を追い詰めなかったのか。事実、あいまいな非核化合意に対し、批判や疑問の声が巻き起こっている。米朝共同声明は、当初期待された「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)」に全く触れなかったからだ。トランプ氏は、今秋行われる米中間選挙のために、どうしても「成功」を演出する必要があったのである。それでも、「北朝鮮の非核化」という約束を取り付けたのだから、最初の首脳会談としては成功だろう。

 米朝首脳会談の共同声明には、隠された重大な真実があった。北朝鮮の非核化をめぐる交渉で、北朝鮮と中韓は「朝鮮半島の非核化」で合意している。だが現実には、韓国に核兵器はない。

 にもかかわらず、なぜ北朝鮮と中国は「朝鮮半島の非核化」をうたうのか。北朝鮮だけでなく米韓の非核化を狙い、「米国の核の傘」の撤去を求めるからである。具体的には「グアムの米軍基地」からの核兵器撤去だ。

 共同声明には「金正恩委員長が『朝鮮半島の完全な非核化』を再確認した」と記述されている。その上で「北朝鮮は、朝鮮半島の完全非核化に向けて努力すると約束した」と明記した。この表現だと、「朝鮮半島の非核化は北朝鮮が行う」ということになる。米国の義務は明記されていないからである。

 つまり、共同声明では「トランプ大統領と金正恩委員長が、朝鮮半島の非核化を約束した」と表現していないのである。あくまで、「非核化約束」の主語は「金正恩委員長」と「北朝鮮」だ。すなわち「朝鮮半島の非核化」は「北朝鮮の非核化である」の意味となり、「米国の核の傘」問題は消えてしまった。トランプの勝利である。

 一方で、金委員長はどのようにしてトランプ大統領との信頼を築き、心をつかんだのだろうのか。首脳会談の「真実」は、冒頭40分間の2人だけの会談に隠されていた。2人は互いの国内懸案解消のために、「ライブ中継」での「歴史的」会談という演出を必要としたのである。
2018年6月12日、会談場所のホテルで笑顔で手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ロイター=共同)
2018年6月12日、会談場所のホテルで笑顔で手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ロイター=共同)
 2人は何を話したのか。金委員長は緊張した表情で、他の閣僚や高官に聞かせたくない本音をトランプ大統領に打ち明けた。

 「ここまで来るのは、それほど容易な道のりではありませんでした。私たちには、私たちの足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が、時には私たちの目と耳をふさいでいましたが、わたしは全てを乗り越えてここまで来ました」

 さらに金委員長は会談終了時に、再び「ここまで来るのは容易ではなかった」と、もう一度ほっとした表情で語った。

 「私たちの過去」とは、北朝鮮の国内事情を説明したものだ。国民に対し「反米」と「米帝との戦争」を信じ込ませた反米思想のため、朝鮮人民軍の幹部や労働党の元老が首脳会談に反対していた。「さまざまな障害」とは、軍部を中心とした「非核化抵抗勢力」の存在を意味する。