島田裕巳(宗教学者)

 戦後の韓国社会では、キリスト教の伸びが著しい。米調査機関、ピュー・リサーチ・センターによれば、2010年における韓国のキリスト教徒の割合は29パーセントに達し、仏教を凌駕している。仏教は23パーセントである。

 キリスト教徒の割合は、1950年の時点では、まだ8パーセントだった。それが、1970年には18パーセント、85年には21パーセントに増えた。95年で26パーセント、2005年で28パーセントだから、伸びこそ鈍化している。

 だが、日本のキリスト教徒の割合が1パーセント程度なのに比べると、韓国でのキリスト教の浸透はすさまじい。実際韓国に行ってみると、親は仏教徒だが、自分はキリスト教徒だという人によく出会う。

 そこには、戦後の韓国における経済発展と、急激な都市化がかかわっている。都市化は首都ソウルへの一極集中と言ってもいい。

 日本でも、高度経済成長の時代には、産業構造の転換に基いて経済が大きく発展し、それに伴って都市化が著しく進行した。それまで伝統的な村社会に生きていた人々は、都市に信仰を携えてはこなかった。しかも、彼らは家や地域社会のというネットワークから切り離された。そうした人間たちを掬い取ったのが、創価学会をはじめとする新宗教だった。

 韓国では、日本の新宗教の代わりをキリスト教が果たした。韓国のキリスト教は、日本のキリスト教とは大きく異なるのである。日本では、キリスト教は、主に富裕層や知識人層に広がった。逆に大衆化は進まなかった。

 ところが、韓国では、キリスト教は庶民層に広がった。したがって、日本のキリスト教とは異なり、むしろ日本の新宗教に近い、現世利益や病気治療を中心とするものが受容された。その際には、韓国に伝統的なシャーマニズムがそこに取り込まれ、かなり怪しげなものとなった。なにしろ、説教師が神懸りしたりするのである。
韓国のソウルにある汝矣島(ヨイド)純福音教会
韓国のソウルにある汝矣島(ヨイド)純福音教会
 必然、韓国のキリスト教徒の中でも、知識人層はそうした土着化したキリスト教を評価せず、「あれはキリスト教ではない」と否定的にとらえている。安延苑(アン・ジョンウォン)青学大准教授と浅見雅一慶大教授との共著に『韓国とキリスト教』(中公新書)という本があるが、そこでは、大衆化したキリスト教についてはほとんど触れられていない。触れたくないというのが、著者たちの本音なのである。

 日本では、土着の神道と外来の仏教が融合し、それが新宗教の基盤にもなった。ところが、韓国には神道にあたるものがないし、仏教は、儒教による圧迫も受けてきた。そのことが、キリスト教の受容に結び付いたのである。