そもそも、1987年6月、全斗煥(チョン・ドファン)軍事政権(1980~88年)に対抗して韓国全国で広がりを見せた民主化運動の「6月抗争」の起爆剤となったのは、司祭団がソウル大学の学生の拷問致死事件を暴露したからだとされる。しかし、「朝鮮日報」(2013年11月26日付)によると、「1986年以降、親北(朝鮮)・左派的な傾向を見せるようになった」という。

 朝鮮日報はその主な事例として、1989年8月には司祭団所属の神父が秘密裏に平壌入りして「世界青年学生祝典」に参加し、北朝鮮を擁護する姿勢を鮮明にしたことや、2002年11月、米軍装甲車に女子中学生がひかれ死亡する事故が起きた際、「反米時局祈祷会」を開いたことなどを挙げる。

 廬武鉉(ノ・ムヒョン)政権(2003~08年)時代の03年11月、司祭団は北朝鮮の犯行としてすでに結論が出ている「大韓航空機爆破事件(北朝鮮工作機関所属の金賢姫が実行犯という捜査記録がある)」は、当時の韓国政府がデッチあげたものだと主張して再調査を要求した。

 また、アメリカ産牛肉輸入再交渉要求して08年4月から数カ月続いたロウソクデモ、済州島の海軍基地建設反対運動など反米・反政府運動、北朝鮮の立場を擁護する活動を展開してきた宗教団体としても名を馳せている。

 韓国のカトリック教司祭は4578人いるとされるが、そのうち司祭団に所属する神父は500人程度と推定される。これら司祭たちは信者を結集して韓国の敏感な社会問題につけこみ、時の政局のど真ん中に飛び込むことで政党(とくに左派系の政党)と深い関係をつくる。

 朴槿恵政権誕生後、文在寅氏が所属する民主党(当時)主導の下で発足した「国家機関選挙介入真相究明民主憲政秩序回復のための各界連席会議」にも司祭団代表神父が名を連ねていた。

 文在寅氏は大統領になる前から司祭団とある種の関係を持っていた。13年9月23日夜、司祭団はソウル市庁広場で「国家情報院解体のための時局祈祷会」を主催するが、この集会に「国情院解体、民主主義回復」の看板を手に持つ文在寅氏(当時議員)の姿が写真に撮られインターネットで話題を呼んだ。朴槿恵政権打倒という政治目標を共有していたからだとみられる。
大統領選の街頭演説に臨む「共に民主党」の文在寅氏(当時)=2017年5月、韓国・ソウル(川口良介撮影)
大統領選の街頭演説に臨む「共に民主党」の文在寅氏(当時)=2017年5月、韓国・ソウル(川口良介撮影)
 それから2カ月後の11月22日、司祭団は全州教区において「朴槿恵大統領退陣を促すミサ」を行うが、その場で司祭の一部は、北朝鮮が韓国領の延坪島(ヨンピョンド)を砲撃したことを擁護する発言をしたとして物議を醸した。

 「NL(南北の海の境界線)において韓米が軍事訓練を継続すれば北韓(北朝鮮)としてはどうすべきだろうか? 撃つしかしかないでしょう。それが延坪島砲撃です」と、北朝鮮の砲撃は米韓軍事訓練のせいであり、当たり前かのような発言をした。