高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター教授)

 6月の大阪府北部地震以来、記録的な大雨などの災害が頻発している。テレビのアナウンサーは、災害危険性を声高に伝え、避難場所への避難を呼びかけたが、西日本豪雨は結局、死者200人を超える甚大な被害をもたらした。

 ここで、ちょっと考えてほしい。あなたが避難しようとした場所は本当に安全なところなのであろうか。また、避難場所へ至る経路は本当に大丈夫だったのだろうか。それ以前に、避難する必要があるのだろうか。

 象徴的な例がある。名古屋市教育委員会などは、津波の際に臨海部の小中高に校舎の屋上への避難を指示している。だが、校舎は3階建て程度であり、津波の避難場所には不十分な高さだ。

 2011年の東日本大震災を思い出してほしい。石巻市立大川小学校(宮城県)では、児童や教職員の8割以上が犠牲となった。ここの小学校の場合、不適切なハザードマップ(災害危険予測地図)の存在と教職員の判断の悪さが、被害を大きくする一因となったと考えられる。

 宮城県が作成した津波のハザードマップによれば、大川小学校は津波の被害に遭わない場所と記されていた。それを信じた教職員たちは、津波の到達までに避難するのに十分な時間があり、避難できる場所もあったのに、児童を安全な場所に避難させなかったのである。
阪神大震災で倒壊した阪神高速神戸線=1995年1月17日、神戸市東灘区(産経新聞社ヘリから)
阪神大震災で倒壊した阪神高速神戸線
=1995年1月17日、神戸市東灘区(産経新聞社ヘリから)

 ハザードマップは1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)後に、急速に地方の行政組織に取り入れられ住民に配布された。ところが、このハザードマップには、大きな問題点があったのだ。

 その問題点とは、死者が約4700人に上った1959年の伊勢湾台風以降、1995年の阪神・淡路大震災までの36年間、日本の根幹を揺るがすような大災害はほとんど発生しなかったことだ。

 ちょうど、この時期の日本は高度経済成長期だった。そのため、「災害研究」や「リスクマネージメント」が真剣に考えられることはなく、教育も対策もほとんど行われることがなかった。ゆえに、ハザードマップを作成しようとした場合、都道府県や市町村の行政、警察、消防、自衛隊にも、それをできる人材がほとんどいない状況が生まれたのだ。

 ハザードマップの作成や、避難場所の選定、避難経路の検討などは、コンサルタントに依頼したり、外部に「専門委員会」を作ったりして、作成が委託された。しかし、コンサルタントや専門委員会に召集された人々でも、ハザードマップの作成や避難に関して専門といえる人材が少ない。

 また、ハザードマップは「時間・労力・資金・専門的知識」を駆使して、より精度の高いものを作成しても、地方行政体や地域の住民には歓迎されないことが多い。なぜなら、精度の高い地図を作れば作るほど危険と分類される地域が広くなるからだ。