ニュースは「職人の世界」覚悟があるなら櫻井翔でも構わない

『小俣一平』 2018/08/13

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小俣一平(武蔵野大学客員教授)

 こんなことを書くと笑われるか呆れられてしまいそうだが、世の65歳以上の老人で、元TOKIOメンバーの山口達也さんはともかく、同じジャニーズ事務所のアイドルグループ、NEWSのメンバー、小山慶一郎さんが何者なのかスラスラ出てくる人は、相当な芸能通ではなかろうか。

 山口さんは、バラエティー番組『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)の人気コーナー「DASH島」での無人島開拓で何度か見たことがある。芸能人とは思えないほど、腰の軽い、気さくな性格が番組の随所に見られて、好印象を持っていたから、女子高生への強制わいせつ事件を聞いて、いささか驚いた。

 ただ、山口さんが日テレ朝の情報番組『ZIP!』でメーンパーソナリティーをしていたことは、チャンネルを動かしていて、スーツにネクタイという意外な姿だったことから記憶にはある。だからと言って、別に彼の「ニュース情報番組」を見たいと思ったことはない。

 ましてや、後者のアイドルは顔も名前も全く知らなかった。つまり、私にとっては、どの人が芸能人ニュースキャスターなのかを識別する術はほとんどない。プロであろうが芸能人であろうが、ニュースの伝え方、捌(さば)き方、コメント力で判断するしかないのである。

 だから、「芸能人がキャスターをやることについて」というテーマ自体にも、私は違和感を覚える。つまり、「芸能人」というくくりに、発言者や識者の意識の中に「芸能人ごときが」という見下した臭いを嗅ぎ取ってしまうからである。

 それは、私自身が差別や排除に過敏なのかもしれない。世に言う立派なジャーナリストから見たら、「シロウトが芸能のノリでやって欲しくない」という思いがあるのだろう。

 今回のことに限らず、討論番組や情報番組で芸能人による政治や社会の問題についての発言に関して、よく思い出したのは、学生時代に読んだ吉本隆明さんの『情況』(河出書房)の「芸能の論理」だった。私の記憶に鮮明に残っているくだりは次の箇所だ。

 ふだん政治的冗談や芸人的冗談を売りものにしているような男が、『まじめ』くさった顔をしてなんかいうときは、嘘をついているにきまっているのだ。

文芸評論家の吉本隆明さん=1999年6月撮影
 私には、この呪縛があるためか、長きにわたって芸能人を売り物にしたニュースや情報番組は、意識することなくスルーしてきたのかもしれない。しかし、<嘘をついているにきまっている>という指摘には、違和感があった。もちろん、吉本さん流の辛辣な表現で、「プロの世界は生齧りのヤツで無く、その道のプロに任せろ」という思いがあったからだとも推察できる。

 確かに、現役の新聞記者や放送記者、そのOBの中にも、「芸能人がニュースキャスターやコメンテーターをやるなんて…」と眉をひそめる向きも少なくない。2002、3年のころだったか、作家の本田靖春さんと千葉県流山市内の病院横の川沿いで、2人してたばこをくゆらせながら、四方山(よもやま)話をしたことがあった。かくいう本田さんも、芸能人やタレントが「コメンテーターもどき」をすることに対して、かなり厳しく批判していた。

 主旨としては、一見チャラチャラした芸人が、専門外の安全保障や外交、環境問題などを「芸能のノリで語るな」というようなものだった。それは普段の本田さんにしては、珍しく語気が強かったのでよく覚えている。吉本さんと本田さんの共通点は、当時のニュースキャスターやコメンテーターが「ニュースの職人」としての力量も技量も矜持も持っていた時代のことだと思う。

 先般の山口さんの事件をきっかけに「芸能人キャスター」の是非を問うのなら、私は諸手を挙げて賛成はしないけれど、あっても構わないと考えている。それには理由が二つある。

 一つは、破廉恥事件を起こしてしまったのは「芸能人だから」なのか、を考慮する必要があるからだ。これまでだって、放送局のアナウンサーであろうが、新聞社から出向してきた記者のコメンテーターだろうが、似たような事件で画面から消えた例は少なくない。

 第一、つい先ごろも民放の元ワシントン支局長が、現役記者時代に若いマスコミ志望の女性に酒を飲ませて、ホテルに連れ込みレイプして、準強姦容疑で逮捕状まで準備されながら、それをもみ消したとの報道もあったではないか。

 彼はフリーになるや、民放各局に出ずっぱりで、「政権の番犬」よろしく「ヨイショ」コメントを繰り返したり、ヨイショ本を出したりしていた。つまり「芸能人」はダメで、経験豊富な「ジャーナリスト」だったら安心だという設定は、既に崩壊しているに等しい。

 もう一つは、伝え方や捌き方、コメントに難がある「芸能人」は自然淘汰されていくはずだからである。わが家は、家人と高校3年生の娘の3人だが、3人ともドラマ『喰いタン』や『必殺仕事人』のファンだったから、役者として立派な東山紀之さんが、キャスターを務める朝の情報番組を実は2回見たことがある。

 私は「仕事人」の東山さんが、世の悪とどう斬り結ぶかに少し興味を持っていた。こう見えて私も実はミーハーなのである。だが、「名探偵」も「仕事人」も、ことニュース情報番組となるとどう捌いて、どう仕掛ければいいのか、馴染めなさそうな、場違いな雰囲気を画面から感じた。

 それは、むしろ気の毒に思えたほどであり、その後見る機会はなくなった。そこには、東山さんにはドラマで活躍してもらえば良いという気持ちがあるからに違いない。東山さんの起用も山口さんも、芸能事務所とテレビ局のレベルの低い、質の悪い幹部の安易な視聴率稼ぎの被害者のようにも映った。
テレビ朝日『ニュースステーション』のキャスターを務めた久米宏(左)と小宮悦子=1996年3月撮影
 事ほど左様に、「悪貨は良貨を駆逐する」前に「金メッキは所詮メッキ、いずれ剥げる」と思えば、その道の職人でない人がニュースを伝えようが、先は見えている。それは芸能人に限らず、プロを自認するキャスターや記者にしても、日々研鑽しなければ同様であろう。
 
 そもそも、ニュース番組に民放が力を入れるようになったのはいつのころからだろうか。黒柳徹子さんとのコンビで大人気だったTBSの伝説的歌番組『ザ・ベストテン』の司会者だった久米宏さんが、テレビ朝日の『ニュースステーション』を始めた1985年ごろからではなかったか。

 その前に御巣鷹山の日航機墜落事故があり、生存者がいたという奇跡の報道をフジテレビが独占生中継した。生き残った少女をヘリコプターにつり上げる場面を大々的に放送し、「民放やるじゃん!」と社会的評価は一気に高まった。これまでNHKの独壇場、金城湯池と思われてきたニュースの世界に民放も参戦してきたように、同じ時代を筆者も放送記者として過ごしただけによく分かる。

 当時の民放は、ニュース捌きの良いアナウンサーやキャスターに力を入れていた。テレビ朝日の久米さんに対抗して、TBSは筑紫哲也さん、フジテレビは露木茂さんや安藤優子さん、日本テレビは徳光和夫さんだっただろうか。

 その影響は記者たちにも見られるようになった。「見られるニュース」に触発されてか、日が落ちるとネオン街に消えていった民放記者たちが、本気で夜討ち朝駆け取材するようになったのもこのころからではなかったか。日テレやテレビ東京の女性記者たちも、検察官舎やガサ入れ先に張り込んでいる姿を目の当たりにして、「ニュース戦争勃発」を肌で感じた。

 しかし、90年代に入ってからか、恐らくフジテレビが先鞭をつけたという印象が強いのだが、タレントや芸能人とあまり変わらない大学ミスコンテスト入賞の美人アナウンサーをドンドン投入し始めて、ニュースショーなのか美人コンテストなのか区別が付きにくくなった。

 とにかく、内容よりも外見で視聴率を稼ごうというテレビ局の魂胆が見え見えだった。美人でかわいいアナウンサーを見るのは嫌いではないし、否定するつもりはないが「学芸会の延長」のような異様な感じであることに変わりはない。その流れが今日のタレント起用に繋がっているのだと思う。

 考え方はさまざまで、嵐の櫻井翔さんのファンが、彼がニュース番組をやることで、これまで興味のなかった報道に関心を持つようになると善意に解釈することもできる。私だって、もし韓国のアイドルグループ「少女時代」のユナちゃんが出演する番組があったら、ニュースであろうが何であろうが、きっと何度もうなずきながらで見ているだろう(すみませんミーハーで)。

 その一方で、従来通りのニュースを見たい層は、NHKの桜井洋子さんや森田美由紀さん、民放では小宮悦子さん、安藤優子さんが出る「正当派のニュース」に、自然とチャンネルを合わせるに違いない。

TBS系 『筑紫哲也 NEWS23』で
キャスターを務めた筑紫哲也さん=1993年7月撮影
 今、わが家ではテレビ朝日『グッド!モーニング』を、朝5時半からつけっぱなしにしている。メーンの坪井直樹アナウンサーを取り巻く松尾由美子アナウンサーら「4人娘」がそつなく自然と視聴者に溶け込んでいて、実に巧みだと思う。女子大生の福田成美さんも最初は素人むき出しでハラハラさせるところがあったが、今ではしっかりしてきた。

 つまり、ニュースとは「職人の世界」なのである。職人は作った(出した)物で勝負する。記者は埋もれたネタを掘り起こし、ディレクターは分かりやすく視聴者に届ける工夫をし、アンカーはそれを自信を持って視聴者に伝える。

 報道の世界に入って通用する、勝負ができるのなら、芸能人でもスポーツ選手でも女子大生でも、「この道50年」というような伝統工芸の職人さんや看護婦さんというのもよいではないか。後輩記者たちに言い続けてきた「目線は低く、志は高く」。これが私の40年来の持論である。

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