主旨としては、一見チャラチャラした芸人が、専門外の安全保障や外交、環境問題などを「芸能のノリで語るな」というようなものだった。それは普段の本田さんにしては、珍しく語気が強かったのでよく覚えている。吉本さんと本田さんの共通点は、当時のニュースキャスターやコメンテーターが「ニュースの職人」としての力量も技量も矜持も持っていた時代のことだと思う。

 先般の山口さんの事件をきっかけに「芸能人キャスター」の是非を問うのなら、私は諸手を挙げて賛成はしないけれど、あっても構わないと考えている。それには理由が二つある。

 一つは、破廉恥事件を起こしてしまったのは「芸能人だから」なのか、を考慮する必要があるからだ。これまでだって、放送局のアナウンサーであろうが、新聞社から出向してきた記者のコメンテーターだろうが、似たような事件で画面から消えた例は少なくない。

 第一、つい先ごろも民放の元ワシントン支局長が、現役記者時代に若いマスコミ志望の女性に酒を飲ませて、ホテルに連れ込みレイプして、準強姦容疑で逮捕状まで準備されながら、それをもみ消したとの報道もあったではないか。

 彼はフリーになるや、民放各局に出ずっぱりで、「政権の番犬」よろしく「ヨイショ」コメントを繰り返したり、ヨイショ本を出したりしていた。つまり「芸能人」はダメで、経験豊富な「ジャーナリスト」だったら安心だという設定は、既に崩壊しているに等しい。

 もう一つは、伝え方や捌き方、コメントに難がある「芸能人」は自然淘汰されていくはずだからである。わが家は、家人と高校3年生の娘の3人だが、3人ともドラマ『喰いタン』や『必殺仕事人』のファンだったから、役者として立派な東山紀之さんが、キャスターを務める朝の情報番組を実は2回見たことがある。

 私は「仕事人」の東山さんが、世の悪とどう斬り結ぶかに少し興味を持っていた。こう見えて私も実はミーハーなのである。だが、「名探偵」も「仕事人」も、ことニュース情報番組となるとどう捌いて、どう仕掛ければいいのか、馴染めなさそうな、場違いな雰囲気を画面から感じた。

 それは、むしろ気の毒に思えたほどであり、その後見る機会はなくなった。そこには、東山さんにはドラマで活躍してもらえば良いという気持ちがあるからに違いない。東山さんの起用も山口さんも、芸能事務所とテレビ局のレベルの低い、質の悪い幹部の安易な視聴率稼ぎの被害者のようにも映った。
テレビ朝日『ニュースステーション』のキャスターを務めた久米宏(左)と小宮悦子=1996年3月撮影
テレビ朝日『ニュースステーション』のキャスターを務めた久米宏(左)と小宮悦子=1996年3月撮影
 事ほど左様に、「悪貨は良貨を駆逐する」前に「金メッキは所詮メッキ、いずれ剥げる」と思えば、その道の職人でない人がニュースを伝えようが、先は見えている。それは芸能人に限らず、プロを自認するキャスターや記者にしても、日々研鑽しなければ同様であろう。
 
 そもそも、ニュース番組に民放が力を入れるようになったのはいつのころからだろうか。黒柳徹子さんとのコンビで大人気だったTBSの伝説的歌番組『ザ・ベストテン』の司会者だった久米宏さんが、テレビ朝日の『ニュースステーション』を始めた1985年ごろからではなかったか。