その前に御巣鷹山の日航機墜落事故があり、生存者がいたという奇跡の報道をフジテレビが独占生中継した。生き残った少女をヘリコプターにつり上げる場面を大々的に放送し、「民放やるじゃん!」と社会的評価は一気に高まった。これまでNHKの独壇場、金城湯池と思われてきたニュースの世界に民放も参戦してきたように、同じ時代を筆者も放送記者として過ごしただけによく分かる。

 当時の民放は、ニュース捌きの良いアナウンサーやキャスターに力を入れていた。テレビ朝日の久米さんに対抗して、TBSは筑紫哲也さん、フジテレビは露木茂さんや安藤優子さん、日本テレビは徳光和夫さんだっただろうか。

 その影響は記者たちにも見られるようになった。「見られるニュース」に触発されてか、日が落ちるとネオン街に消えていった民放記者たちが、本気で夜討ち朝駆け取材するようになったのもこのころからではなかったか。日テレやテレビ東京の女性記者たちも、検察官舎やガサ入れ先に張り込んでいる姿を目の当たりにして、「ニュース戦争勃発」を肌で感じた。

 しかし、90年代に入ってからか、恐らくフジテレビが先鞭をつけたという印象が強いのだが、タレントや芸能人とあまり変わらない大学ミスコンテスト入賞の美人アナウンサーをドンドン投入し始めて、ニュースショーなのか美人コンテストなのか区別が付きにくくなった。

 とにかく、内容よりも外見で視聴率を稼ごうというテレビ局の魂胆が見え見えだった。美人でかわいいアナウンサーを見るのは嫌いではないし、否定するつもりはないが「学芸会の延長」のような異様な感じであることに変わりはない。その流れが今日のタレント起用に繋がっているのだと思う。

 考え方はさまざまで、嵐の櫻井翔さんのファンが、彼がニュース番組をやることで、これまで興味のなかった報道に関心を持つようになると善意に解釈することもできる。私だって、もし韓国のアイドルグループ「少女時代」のユナちゃんが出演する番組があったら、ニュースであろうが何であろうが、きっと何度もうなずきながらで見ているだろう(すみませんミーハーで)。

 その一方で、従来通りのニュースを見たい層は、NHKの桜井洋子さんや森田美由紀さん、民放では小宮悦子さん、安藤優子さんが出る「正当派のニュース」に、自然とチャンネルを合わせるに違いない。

TBS系 『筑紫哲也 NEWS23』で
キャスターを務めた筑紫哲也さん=1993年7月撮影
 今、わが家ではテレビ朝日『グッド!モーニング』を、朝5時半からつけっぱなしにしている。メーンの坪井直樹アナウンサーを取り巻く松尾由美子アナウンサーら「4人娘」がそつなく自然と視聴者に溶け込んでいて、実に巧みだと思う。女子大生の福田成美さんも最初は素人むき出しでハラハラさせるところがあったが、今ではしっかりしてきた。

 つまり、ニュースとは「職人の世界」なのである。職人は作った(出した)物で勝負する。記者は埋もれたネタを掘り起こし、ディレクターは分かりやすく視聴者に届ける工夫をし、アンカーはそれを自信を持って視聴者に伝える。

 報道の世界に入って通用する、勝負ができるのなら、芸能人でもスポーツ選手でも女子大生でも、「この道50年」というような伝統工芸の職人さんや看護婦さんというのもよいではないか。後輩記者たちに言い続けてきた「目線は低く、志は高く」。これが私の40年来の持論である。