「客観報道」という理念に支えられたジャーナリズムが健全に作動していた時代には、ニュースアンカーが日本でも広い支持を集めることができた。しかし、現在はテレビによって延命してきた日本人の「総中流意識」が完全に崩壊し、多様な情報環境のもとで言論が細分化している。これまでと同じ報道姿勢では、人々の政治意識や生活感覚の多様性に十分な目配りができなくなってしまった。

 情報の内容を担うリポーターとは対照的に、番組の形式を維持するのがキャスターの役割であると考えれば、これに芸能人を起用するのは、安易だという批判は避けられないとしても、極めて合理的な選択といえる。

 スタジオの「空気」を読み、あるべき話の流れを察する「コミュニケーション能力」、そして世の中にあふれかえる情報に対する「ツッコミ的視線」は、芸能人の中でも、とりわけお笑い芸人に要求される資質と相性が良い。

 したがって、芸能人がキャスターを務めることの是非は、テレビジャーナリズムの危機的状況によって起きている「ニュース番組のフォーマット自体の変化」を批判的に捉えることと切り離して考えることはできない。このような趨勢(すうせい)を抜本的に見直し、古き良きニュースアンカーの復権を目指すことが理想的かもしれないが、既に述べた理由から、その道のりは困難を極めるだろう。

 行き詰まってしまったが、消去法的な現状肯定で終わっては読後感が悪いだろうから、少し見方を変えてみよう。

 冒頭で触れたように、テレビ制作の集団的性格を踏まえるならば、出演者個人の資質を問うだけでは、ニュース番組の良し悪しを評価することはできない。

 思い返せば、NHKで1994年から16年間続いた『週刊こどもニュース』の進行役は、マスコットキャラクターだった。ブタの「スクープくん」、メガネザルの「ピントくん」が進行し、時に子供たちが取材に出向くこともあった。
NHKの「週刊こどもニュース」でお父さん役を卒業した同局の鎌田靖解説委員(左端)と岩本裕解説委員(後列右)=2009年3月28日(篠田哉撮影)
NHKの「週刊こどもニュース」でお父さん役を卒業した同局の鎌田靖解説委員(左端)と岩本裕解説委員(後列右)=2009年3月28日(篠田哉撮影)
 これが「ニュースごっこ」に甘んじることなく、大人も楽しめる良質なニュース番組たり得たのは、アンカーに相当する「お父さん」役の安定感は言うまでもないが、出演者と制作者のチームプレイによるところが大きかった。

 例えばサッカー観戦において、各選手の技能や持ち味だけでなく、チームの戦略や戦術を読み解きながら楽しむように、ニュース番組を視聴する際、チームとしてのフォーメーション、そして制作者の采配にも厳しく目を向けてみてはどうだろう。

 アナウンサーやリポーターが何を主張していて、キャスターやコメンテーターはそれをアシストできているだろうか。その一連のコミュニケーションの中には、テレビジャーナリズムの困難に向き合い、それを乗り越えようとする制作者の創意工夫がみられるだろうか。キャスターやコメンテーターが芸能人であることが、その一助になっているだろうか。

 こうしてニュース番組のフォーマット自体を批評しあうことが、翻って、これからの時代に求められるキャスターのあり方を新たに見いだしていくことにもつながるかもしれない。

参考文献
・水島久光『「情報バラエティー」のダイクシスとアドレス 制作者と視聴者が交錯する言説場の検証』(石田英敬、小森陽一編『社会の言語態』東京大学出版会、2002年)
・太田省一『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書、2016年)
・池上彰『これが「週刊こどもニュース」だ』(集英社文庫、2000年)