与謝野の別の手記によれば、この時、与謝野に依頼したのはGHQ軍医総監のウエブスター少将だった。慰安用に指定された場所というのは、将校用が向島、芳町、白山、白人兵士用が吉原、新宿、千住、黒人兵士用が亀戸、新小岩、玉の井だったという(『新潮45』1990年5月1日号、敗戦秘話・「占領軍慰安」防備録)。

 この与謝野の発言を裏付ける公文書までは見つけられなかったが、当時の朝日新聞も裏取りはしていただろう。この場合、ほとんどの女性が意に反して米軍兵士の相手をさせられたと考えられるが、強制したのはGHQではないのか。

 このように、広義の強制などという曖昧な定義をすれば、強制の行為者もまた多様になるのである。それにもかかわらず、「forced to provide sex」とだけ書けば、読者は狭義の強制、すなわち日本軍による強制連行を連想する。「広義の強制」などと言いながら、わざと行為者を曖昧にし「狭義の強制」としか受け取れない表現を繰り返し使うことは、誠に欺瞞(ぎまん)的と言わざるを得ない。

 8月3日、われわれの追加質問に対する朝日新聞からの回答が再び届いた。

冠省

 今回いただいたご質問については、基本的には前回お送りした回答で意を尽くしていると考えております。

 今後も、記事でどのような表現を使うかについては、国内外のさまざまな立場の意見や歴史研究の蓄積なども考慮しながら、個々の状況や文脈に応じてその都度、判断してまいりたいと考えています。

草々


 結局、朝日新聞は「強制の行為者」を明示することを拒否したのである。

 そして、「今後は」ではなく「今後も」と書いているということは、これまでも「様々な要素を考慮し、その都度の判断でforced to provide sexを使用してきた」という意味にも読める。そうであれば、これからも「forced to provide sex」を使い続けるという宣言なのであろうか。
朝日新聞東京本社の外観=産経新聞社チャーターヘリから(桐原正道撮影)
朝日新聞東京本社の外観=産経新聞社チャーターヘリから(桐原正道撮影)
 これはもう「反社会的行為の域に達している」と考えるのは筆者だけであろうか。朝日新聞は「社会の敵(public enemy)」として生きることを決意したのだろうか。