さらにインド最高裁弁護士のP・N・レキ氏は次のような言葉を残している。

 太陽の光がこの地上を照らす限り、月の光がこの大地を潤す限り、夜空に星が輝く限り、インド国民は日本国民への恩は決して忘れない。


 かつてインパールを取材した私の友人は、そのときの話をしてくれた。

「とにかく多くの人々が口をそろえて言っていたのが、『日本兵士は強かった。勇敢だった』ということです。中には『これほど高貴な軍隊は見たことがない。神のようだ』とも語っていたんです」

 さらにこの友人は、日本軍将兵が今も尊敬されている理由について、こう話してくれた。

「そしてもう一つは、やはり日本軍の規律の厳しさではないでしょうか。というのも、どの人に聞いても『日本兵は、悪いことは何もなかった』『日本兵はみんな親切で、礼儀正しかった』と言っていたんですよ」

 大東亜戦争後の昭和20年11月、英国はインパール作戦に参加したインド国民軍の将校3人をレッド・フォートにおいて裁判に掛け、反逆罪として極刑に処そうとした。だが、その事実が人々に伝わるや、インド民衆が一斉に蜂起して大暴動に発展したのである。
首都デリーに建つチャンドラ・ボースの銅像(筆者撮影)
首都デリーに建つチャンドラ・ボースの銅像(筆者撮影)
 なんと英軍の対日戦勝パレードがボイコットされ、弔旗が掲げられたという。こうした独立の機運はどんどん高まっていき、もはや事態収拾が不可能と判断した大英帝国はついにインドに統治権を返還。1947年(昭和22)8月15日、インドは独立を勝ち取ったのだった。

 インパール地方には、地元民が建てた日本軍将兵のための慰霊碑があり、前述の近郊のマパオ村では、『日本兵士を讃える歌』という歌が今でも歌い継がれているというから驚きだ。