例えば、アメリカを代表する保守派の言論人であるM・スタントン・エヴァンズが、「ヴェノナ文書」研究の第一人者であるハーバート・ロマースタインと共著で『Stalin's Secret Agents: The Subversion of Roosevelt's Government(スターリンの秘密工作員:ルーズベルト政権の破壊活動)』(Threshold Editions 2012 未邦訳)を発刊しているが、ここで実に重要なことを指摘している。

 日本もアメリカの軍幹部も早期終戦を望んでいたにもかかわらず、終戦が遅れたのは、対日参戦を望むソ連が、在米の工作員たちを使って早期終戦を妨害したからだ、というのだ。

 45年2月、ヤルタ会談において、ルーズベルト大統領は、ソ連の対日参戦の見返りとしてソ連による極東の支配をスターリンに約束する。しかし、ヤルタ会談での密約は所詮、紙切れに過ぎない。スターリンからすれば密約を確実に実現するためには、なんとしても対日参戦に踏み切り、軍隊を侵攻させ、満洲や千島列島などを軍事占領する必要があった。

 ヤルタ会談当時のソ連はヒトラー率いるドイツと血みどろの戦いを繰り広げており、ドイツ占領下の東欧に軍事侵攻して東欧をソ連の支配下に置くことを優先させていた。戦力に限りがあったソ連としては独ソ戦を片付け、東欧諸国を軍事占領したあとでなければ、極東地域に軍隊を送り、満洲や日本に侵攻することはできなかった。よって日本が早期に降伏してしまったら、ソ連は対日参戦ができなくなり、アジアを支配下に置くチャンスを失ってしまう。

 『スターリンの秘密工作員』の著者、エヴァンズはこう指摘している。

 スターリンの立場からすれば、ソ連が太平洋戦線に参戦し、軍隊を東に移動し、戦後のアジアに関する要求を確実にできるような軍備拡張をする時間を稼ぐため、日本の降伏を遅らせることが不可欠だった。この点において、完全な亡国に至らずに済むような何らかのアメリカとの和平案をスターリンが日本の同盟国として仲介してくれるのではないかと信じた─あるいは望んだ─日本は、スターリンの術中に陥っていたのである。(中略)また、アメリカの特定集団がアジアで「過酷な」和平を要求し続けたことも、日本の降伏を遅らせるのに役立った。(詳細は拙著『日本は誰と戦ったのか』KKベストセラーズ参照)

 この「特定集団」とは、トルーマン政権に近い民間シンクタンク「太平洋問題調査会」のことだが、ヴェノナ文書によって、この研究員の多くがソ連の工作員であったことが判明している。

 「ソ連の対日参戦を実現するまで日本を降伏させるな」。ソ連のスターリンのこうした意向を受けた終戦引き延ばし工作が、日本に対してだけでなく、アメリカのルーズベルト、そしてトルーマン政権に対して行われていた。その工作の結果、ソ連の対日参戦が実現し、中国や北朝鮮という共産主義国家が誕生してしまった。
(ゲッティイメージズ)
(ゲッティイメージズ)
 こうした視点がヴェノナ文書の公開以降、アメリカにおいて浮上していることを知っておいていいはずだ。新たに公開された機密文書を踏まえず、アメリカでの歴史見直しの動向も無視したまま、戦前の日本「だけ」が悪かったと言い募るような、視野狭窄(きょうさく)はもうやめようではないか。