医学生の頃は、憧れを抱いたままだった。医学部5年時の病院実習(「ポリクリ」と呼ばれていた)は、あくまで見学であり、実際に働く訳ではない。ある外科を研修していると、女性医師が「女を捨てた」と言っているのを聞き、外科系は出産や子育てなどができない、と学生ながら感じることもあれば、別の科ではオンオフがはっきりしているから「女性も働きやすいよ」としつこく言われた。

 だが、初期研修医になると、医師としてさまざまな診療科を回り、各診療科の仕事内容やハードさを、身をもって体験する。仕事も続けたいが、いつかは出産も育児もしたい。だから、緊急手術や夜間の呼び出しの有無、身体的・精神的に耐えられるかどうかなど、女性として働くことが可能かどうかを考え、初期研修を終えるまでに診療科を選ばなければならなかった。いや、むしろ診療科を切り捨てて行った、という方が正しいのかもしれない。

 東京医大の言い分が正しいのかというと、当然ながら正しくない。一般に、女性の労働力は、結婚や出産期に当たる年代にいったん減少し、育児が落ち着いた頃に再び上昇することが知られている。これを「M字カーブ」というが、女性医師も例外ではない。

 平成18年度厚生労働科学研究「日本の医師需給の実証的調査研究」によると、女性医師の就業率は、医学部卒業後減少傾向を認め、卒後11年目(36歳)で76%まで落ち込んだ後、再び回復している。結婚や出産を機に医師を辞める選択をする女性医師がいることも事実だが、ベビーシッターを雇いながら勤務を続ける医師もいれば、出産後すぐに復帰して第一線で働く医師もいる。

 さらに、多くの女性医師は職場や働き方を変えながら、医師を続けている。東京医大の経営者にしてみれば「退職」と同じだが、当事者の女医からみれば「転職」だ。東京医大の経営者は、自分のところで働く医師にしか関心がないのかもしれない。

 実は、この点こそが今回の問題の本質である。医学部の入学試験は、単なる大学入試ではない。大学医局への就職試験という側面もある。大学経営者にとっては、卒業後医師として自らが経営する大学病院や系列病院で働いてくれる人を選ぶ「採用試験」でもある。だから、出産や子育てを理由に辞めてしまう、あるいは男性に比べて戦力にならない女性医師はいらない、ということになる。
東京医科大学正門前=2018年7月4日、東京都新宿区(萩原悠久人撮影)
東京医科大学正門前=2018年7月4日、東京都新宿区(萩原悠久人撮影)
 一律減点や裏口入学は、実は医大経営者の本音を表しているのだ。だが、医学部は教育機関であるにもかかわらず、医学部合否の基準に卒後の働き方が入っていることを誰もおかしいと感じない。このことが、問題の根深さを象徴している。

 実は、これは入試に限った話ではない。医局の勧誘や専門医制度も、医師や医局員不足対策として「囲い込み」をしているにすぎないのだ。

 大学5年の時、病院実習として各科をローテーションした。その度に、医局説明会や歓迎会に誘われた。それはまるで部活の歓迎会のようだった。県内に残ることを説得され、「女医は医局に入らないと仕事を続けられないよ」と毎回脅された。

 研修医2年目の秋ごろだったと思う。母校の産婦人科教授が、はるばる当時私が勤めていた福島県南相馬市までやって来た。産婦人科を志望していた私に会うためだった。その後、「母校に帰って来なさい。専門医を取得しないと将来の可能性を狭める。母校の産婦人科プログラムは入局を求めているが、個人を縛るものではない。あなたのことが心底心配だ」と何通もメールが来た。それほどに医局員を欲しているのかと驚くほどだった。3年目の医師になり、教授からのメールはパタリと来なくなった。