橋場日月(歴史研究家、歴史作家)

 天下統一への志は込められていなかった「岐阜」。では、信長はその二文字の何を喜んで、新しい本拠地の名称に選んだのだろうか。この二つの漢字を分析してみよう。

 まずは「岐」だ。この字は「ふなど」、「ちまた」を意味するという。これは本道から枝分かれした道、行く先が幾筋にも分かれている状態を指す。

 『古事記』に登場する「岐の神(ふなどのかみ。久那斗神と書いてくなどのかみとも)」は、黄泉(よみ)の国の亡者と化したイザナミの追っ手から逃れるために、イザナギが投げた杖(つえ)が化身したものだ。

 追っ手を遮る=来てはいけない場所を守る、ということから、町や村に通じる道や辻の境で悪神・悪霊や災厄、疫病の侵入を防ぐ「塞(さえ)の神」=道祖神(さいのかみ、どうそじん)となった。

 つまり、「岐」は魔除け・厄除けという意味を持っているのだ。厄除け志向の強い信長のパーソナリティーが、こんなところにも顔をのぞかせている。

 その上、古代出雲ではこの岐の神は龍蛇神の本体として尊ばれていたという。つまり、信長が求めてやまない龍神・蛇神の化身でもあるのだ。信長の本拠として、これほどふさわしい名前もないだろう。
織田信長の角凧=2016年9月13 日(大河内弥美撮影)
織田信長の角凧=2016年9月13 日(大河内弥美撮影)
 さらに付け加えると、「幾筋にも分かれる道、流れ」という「岐」は、細かく分流して伊勢湾に注ぐ木曽川・揖斐(いび)川・長良川の木曽三川を表すともいい、その分流の形状は出雲神話の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)にも通じるではないか。「岐」の字もそこには含まれている。

 そして「阜」の字は、通常「大きな陸(おか)」=「丘」を示しているというが、実はそうではなく、「神が降臨するための神梯(はしご)の象徴」だということだ(白川静『漢字百話』)。

 つまり、「岐阜」は龍・大蛇の力を備え、瑞龍寺山を包含し、魔除け・厄除けの結界として機能し、神が降臨するハシゴということになる。信長が降臨させたい神は、むろん龍神・蛇神だ。

 本連載の第8回で、信長は小牧山を「飛車山(ひくまやま)」から成らせて「龍王山」とし、龍神の磐(いわ)座にしようと考えたのかもしれない、と述べたが、この岐阜命名こそがそれを裏付ける傍証になるのではないか。

 ともかく、信長はこうして稲葉山城とその城下・井口(いのくち)を、大蛇(竜)を迎える聖地「岐阜」とその中心の「岐阜城」に改めたのである。ちなみに、信長に岐阜の名称を提案したのは、沢彦宗恩(たくげんそうおん)ではなく、後に瑞龍寺の住職を務める栢堂景森(はくどうけいしん)だったという説もあるそうだ。(―岐阜市歴史博物館「Gifu信長展」解説より)