池上彰「芸能人キャスター不要論」私の真意を教えます

『池上彰』 2018/09/03

読了まで7分

池上彰(ジャーナリスト)

 「芸能人がニュースを伝えることをどう思いますか?」

 私が担当するネットの連載で、こういう質問を受け、「違和感を禁じ得ません」と答えたところ、その直後にニュース番組に出演している芸能人のスキャンダルが報じられたことで、思いがけず話題になってしまいました。

 このとき私が伝えたかったのは、イギリスのBBCやアメリカのCNNでニュースを伝えるのは現場での取材を積み重ねてきたジャーナリストだということです。

 これに対して日本のニュース番組では、過去にニュースの現場にいたこともなければ、それまでニュースに関心がなかったであろう芸能人が、ニュースについてコメントしたり解説したりすることがあります。当然のことながら、コメントが明後日の方角を向いていたり、誰に対して話しているのか不明だったりという内容のものが出てきてしまいます。これが違和感なのです。

 とはいえ、これは、その芸能人の責任ではありません。その人を起用した番組の責任者の問題なのです。

 かつてアメリカのABCテレビにピーター・ジェニングスというニュースキャスターがいました。彼はハンサム(古い表現ですね。いまならイケメンというべきでしょうか)だったことから、若くしてニュースキャスターに起用されたのですが、経験不足が出て降板させられます。このとき上司は彼に向かって「もっと顔に皺(しわ)を刻んで来い」と言ったといいます。つまり、もっと取材経験を積んで来い、という意味です。

 そのアドバイスを受けて現場での取材経験を積み、「顔に皺を刻んだ」彼は再びキャスターに復帰。今度は名キャスターとして知られるようになり、肺がんで亡くなるまで第一線で活躍しました。

 とりわけ2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの際、他局のニュースが極めて愛国主義的な報道色を強める中で、冷静な報道を貫きました。「愛国的でない」「反米的だ」などという批判にも動じることはなく、米国内で興奮が冷めた後、彼の報道姿勢は高く評価されました。

 もし日本で同じようなことが起きた際、ニュースを伝えていたのが芸能人だったとしたら、どんな反応をすることになるのか、という一抹の不安があるからです。
テレビ東京系「池上彰の現代史を歩く」の会見に出席したジャーナリストの池上彰氏(中央)ら=2018年4月
 とはいえ、ニュース番組に登場するのが男女ともに「顔に皺を刻んだ」人たちばかりでは、見ている人が面白くないと思うかもしれません。視聴率で苦戦する可能性もあります。テレビ番組は視聴者に見てもらってナンボという世界ですから、視聴者に親しみやすい演出を考え、若い女性や人気タレントを出演させることになるのでしょう。

 若い人たちに人気のあるタレントが出演しているニュース番組のディレクターが、私に「彼が出ていることで若い人たちにもニュースを見てもらえるようになるんです」と説明してくれたことがあります。なるほど、そういう効果もあるのかと納得したものです。

 ここで、「ニュース番組は視聴率を気にする必要があるのか」という、業界内では古くから論争になっている問題に行き当たります。

 テレビのニュースは視聴率が取れないもの。たとえ視聴率が低くても、大事なニュースを伝えていればいい。かつては、これがテレビ業界での常識でした。ところが、1985年からテレビ朝日で始まった「ニュースステーション」が高い視聴率を取り、営業的に大成功を収めると、「視聴率の取れるニュース番組をつくれ」というプレッシャーが制作現場にかかるようになります。

 その結果、中には露骨に視聴率狙いの番組も出て来るようになったのです。あるいは、視聴率が取れる話題を大々的に取り上げるようになりました。とりわけ夕方の各局のニュース番組を見ると、「行列ができるラーメン店」のような、「これがニュースだろうか」と目を疑うような内容が放送されています。

 これではテレビニュースへの信用が低下しても仕方ありません。

 日本のニュースでも、もっと報道のプロを大事にすべきだ。こう思うのです。例えばNHKの夜9時のニュースは、伝統的に経験豊富な記者がキャスターを務めるので、安心してみていられます。が、その一方、「ニュースステーション」は、報道のプロではない久米宏氏をキャスターに起用して成功しました。

 久米氏はそれまでTBSのアナウンサーで、歌番組の司会をしていました。彼がニュース番組のキャスターになったときには、私も含め多くの人が驚いたものです。彼が評価された理由のひとつは、知ったかぶりをしないことでした。報道のプロの悪いところは、ニュースについて「知らない」とは言えないこと。プライドが許さないのですね。

 ところが久米氏は報道のプロではありませんでしたから、常に視聴者の立場から、わからないことを「わからない」と言い続けました。その結果、模型を使うなど、次々と斬新な発想が生まれ、それが番組をわかりやすいものにしたのです。

 このように考えてくると、おのずと目指すべきニュースのスタイルが見えてきます。ニュースをよく知らない芸能人と、知ったかぶりをする報道のプロの組み合わせが最悪であるということ。芸能人であろうとなかろうと、視聴者の立場に立って「わからない」と言える人と、「わかっていること」と「わからない」ことをきちんと仕分けして伝えることのできる報道のプロの取り合わせが理想的ではないか、ということです。
テレビ朝日「ニュースステーション」左から高成田享、久米宏、小宮悦子=1996年3月 
 また、どこかのニュース番組が成功した演出をすぐに真似する手法はやめた方がいいですね。そうでないと、「どの番組見ても同じ」という印象を与えてしまうからです。これは、長い目で見て緩慢な自殺行為です。

 さらに言えば、ニュースキャスターが意見を言うのも極めて日本的です。少なくともアメリカやイギリスさらには欧州各国でもニュースキャスターは自分の意見を言わないもの。判断は視聴者に任せるべきものだからです。

 こう考えると、日本のニュース番組は、まだまだ発展途上なのかもしれません。

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