ここで、「ニュース番組は視聴率を気にする必要があるのか」という、業界内では古くから論争になっている問題に行き当たります。

 テレビのニュースは視聴率が取れないもの。たとえ視聴率が低くても、大事なニュースを伝えていればいい。かつては、これがテレビ業界での常識でした。ところが、1985年からテレビ朝日で始まった「ニュースステーション」が高い視聴率を取り、営業的に大成功を収めると、「視聴率の取れるニュース番組をつくれ」というプレッシャーが制作現場にかかるようになります。

 その結果、中には露骨に視聴率狙いの番組も出て来るようになったのです。あるいは、視聴率が取れる話題を大々的に取り上げるようになりました。とりわけ夕方の各局のニュース番組を見ると、「行列ができるラーメン店」のような、「これがニュースだろうか」と目を疑うような内容が放送されています。

 これではテレビニュースへの信用が低下しても仕方ありません。

 日本のニュースでも、もっと報道のプロを大事にすべきだ。こう思うのです。例えばNHKの夜9時のニュースは、伝統的に経験豊富な記者がキャスターを務めるので、安心してみていられます。が、その一方、「ニュースステーション」は、報道のプロではない久米宏氏をキャスターに起用して成功しました。

 久米氏はそれまでTBSのアナウンサーで、歌番組の司会をしていました。彼がニュース番組のキャスターになったときには、私も含め多くの人が驚いたものです。彼が評価された理由のひとつは、知ったかぶりをしないことでした。報道のプロの悪いところは、ニュースについて「知らない」とは言えないこと。プライドが許さないのですね。

 ところが久米氏は報道のプロではありませんでしたから、常に視聴者の立場から、わからないことを「わからない」と言い続けました。その結果、模型を使うなど、次々と斬新な発想が生まれ、それが番組をわかりやすいものにしたのです。

 このように考えてくると、おのずと目指すべきニュースのスタイルが見えてきます。ニュースをよく知らない芸能人と、知ったかぶりをする報道のプロの組み合わせが最悪であるということ。芸能人であろうとなかろうと、視聴者の立場に立って「わからない」と言える人と、「わかっていること」と「わからない」ことをきちんと仕分けして伝えることのできる報道のプロの取り合わせが理想的ではないか、ということです。
テレビ朝日「ニュースステーション」左から高成田享、久米宏、小宮悦子=1996年3月
テレビ朝日「ニュースステーション」左から高成田享、久米宏、小宮悦子=1996年3月 
 また、どこかのニュース番組が成功した演出をすぐに真似する手法はやめた方がいいですね。そうでないと、「どの番組見ても同じ」という印象を与えてしまうからです。これは、長い目で見て緩慢な自殺行為です。

 さらに言えば、ニュースキャスターが意見を言うのも極めて日本的です。少なくともアメリカやイギリスさらには欧州各国でもニュースキャスターは自分の意見を言わないもの。判断は視聴者に任せるべきものだからです。

 こう考えると、日本のニュース番組は、まだまだ発展途上なのかもしれません。