インテルのライバル企業であるAMD社は、さらにゲーマーの心をつかむ作戦を考えた。ゲーマーのプロ連盟をつくることを発案して、1997年にプロフェッショナル・ゲーマーズ・リーグ(PGL)を結成したのだ。同連盟は「テレビゲームの父」と呼ばれ、世界初のゲーム会社、アタリの創立者でもあるノーラン・ブッシュネルを初代コミッショナーとして迎えている。このような経緯から、eスポーツの原型はアメリカで生まれた。

 場面は急転換する。舞台は韓国である。

 1997年、この年に韓国は通貨危機となり、国際通貨基金(IMF)からの資金支援を受けることになった。国家破綻の危機に瀕した韓国は、国ぐるみで産業の構造改革が迫られる。そこで、かつて重化学・自動車・鉄鋼産業を育成してきた国家戦略は、IT産業の振興へとシフトした。

 韓国政府がIT産業の発展のため、高速ネットワークを国内に整備したことで生まれた副産物が「PC房」である。房は「バン」と発音し「室」の意味がある。PC房は日本でいうところのインターネットカフェに近い。

 このPC房が急速に増えて、2000年のピーク時には3万店近くまで膨れ上がった。「PC房」は「ゲーム房」と呼ばれることもあり、どの店舗にもオンライン・ゲームが用意されていた。中でも最も多く設置され、韓国の若者たちの間で大ヒットしたのが『スタークラフト』という戦略ゲームだった。

 この『スタークラフト』ブームの最中に、すなわち1999年辺りから韓国内で「eスポーツ」なる用語が使われるようになる。2000年には日本の文部科学省に相当する韓国文化観光部(現在の韓国文化体育観光部)の長官が、ゲームのことを「eスポーツ」と呼び、一部には「政府がゲームをスポーツと公認した」という見方もある。
※この画像はイメージです(GettyImages)
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 そして韓国では2000年に世界で初めての国際的eスポーツイベント「World Cyber Games」のテスト大会が開催された。この大会の賞金総額は20万米ドル、世界17カ国から174人のプレーヤーが参加したとの記録がある。

 その後、韓国では今と比べても遜色がないほどeスポーツの環境が整備されていく。eスポーツのためのプロリーグ、プロチーム、中継専門チャンネルなどが2000年代の前半に立ち上がり、韓国は自他ともに認めるeスポーツのパイオニアとなったのである。ちなみに、世界のeスポーツを統括する国際eスポーツ連盟は2008年に設立され、本部は韓国・釜山にある。