ここでずっと昔の私の体験を語ってもよいだろうか。古い話だが、私はかつてニュース番組のキャスターだった。各ニュース項目のリードは報道局の記者たちが書いた。コメントは記者やプロデューサーが知恵を絞ってまとめたものが、私の手元にきた。

 形の上では今と同じである。しかし当時、私はリードやコメントについて、それぞれの担当記者やプロデューサーと、時には嫌になるほど議論をしたり修正を加えたりした。ひとつひとつのニュースの取材に、私自身が直接関わることがないとしても、私はジャーナリストとしての自分の在り方を強く意識していた。周りもそのことを意識し、そして受け入れてくれていた。報道局の兵(つわもの)と私の間には、取材する者としての対等の感覚があったと思う。そのようなプロデューサー及び報道局の記者全員に対する敬意と、自分に対する信頼があって初めて、私の16年間のニュースキャスターとしての仕事が完うされたと思う。

 報道にはどうしても、その記者、その番組の価値観が反映される。基本的にどのニュース番組も取捨選択の段階ですでに価値観が反映されているのである。それが昂(こう)じると偏りにつながっていきかねない。

 アメリカのCNNは明らかに左に偏っている。だが面白いことに、CNNとは逆の右に偏りがちなFOXニュースも高い視聴率をとっている。左の人はCNNを見て満足し、右の人はFOXで盛り上がる。対極にあるテレビ局同士が互いに逆方向に傾斜することで社会全体の情報供給のバランスがとれていると見ることが可能だ。 

 対照的なのが日本である。わが国のテレビ局はメダカの学校である。ニュースの報じ方がおよそ一色に染まる。同じ方向にドーッと走る。方向は左系統への偏り一本道である。往々にしてNHKがその先頭を走り、TBS、テレビ朝日、NTV、そしてフジまで含めて同一方向に雪崩を打つ。実に日本の悪しき実態である。アメリカのように対極的な価値観や方針を持つ複数のテレビ局は日本には存在しない。
櫻井よしこさん=1996年
『きょうの出来事』キャスター勇退後の櫻井よしこさん=1996年4月
 再び私自身の話で申し訳ないが、ニュースに関して私にも明確な価値観がある。だが現役キャスターだったとき、心掛けていたことが二つあった。報道の基本として大切にしていたことである。

 まず事象の一側面だけでなく、全体像を伝えることの重要さだ。全体像を描いて見せることなく部分だけに焦点を当てれば、間違ったメッセージを送ることになりかねない。この1~2年のニュース番組やワイドショーでいえば、その典型的事例が「モリカケ」問題の報道だったと思う。どのテレビ局のどのニュース番組でもワイドショーでも、モリカケ問題の全体像は全くといってよい程伝えられなかったと断じてよいと思う。

 事象の一部のみの報道は、結果として歪曲報道になる。社会にも、国民にも、全くためにならない。こんな異常な偏った報道はない。そこで私は自分のネット番組『言論テレビ』で事柄の全体像を大いに発信した。