鳥越皓之(大手前大学長)

 漫画家、さくらももこさんが亡くなられた。国民的に愛された漫画家だったと言えよう。ご冥福をお祈りする一方で、おばあさんになったさくらももこさんが描く漫画も読みたかったと思う。とても残念である。

 さくらさんの代表作『ちびまる子ちゃん』は、『サザエさん』と並び、国民的漫画・アニメとなった。では、なぜ『ちびまる子ちゃん』はこんなに広く私たちに愛されたのだろうか。

 主人公のまる子は、さまざまに夢想するクセがある。この夢想にあやかって、私は一見突拍子もないものと『ちびまる子ちゃん』とを結びつけるところから話を始めたいと思う。

 もう亡くなられて久しいが、日高敏隆さんという著名な生態学者がおられた(1930~2009年)。社会学を専門にしている私とは研究分野が大きく異なるのだが、私は日高さんのファンで、著書からとても多くのことを学んだ。その中でも、いつまでも記憶に残っている指摘が次のような事柄である。

 人類というものが生まれた古く遠い時代、人類はある段階を経て、アフリカの草原に出ていくことになる。草原に比べれば森林は安全で、「われわれの近い親類、ゴリラやチンパンジーという類人猿は、みんな森に棲(す)んでいるわけです」(日高敏隆『ぼくの生物学講義』2010年、昭和堂、以下の引用はすべて同書)と日高さんは解説する。

 ここからが日高さんの疑問だが、「今から二十万年ぐらい前のアフリカの大草原にはもう、ライオンとかハイエナとかヒョウとか、その他の怖い動物もいっぱいいたわけです」。鋭い牙もなく、ヒョウのように速く走れるわけもなく、角もない人類が、なんら隠れる場所もないアフリカの草原でなぜ生き残れたのか─。

 永遠の謎かもしれない大きな疑問である。その疑問に対して研究者としての日高さんは、これは実証的なものではなくて私の推測が入っていると断りつつも、次のような説得的な解釈をする。

 すなわち、人類は化石から推して200~300人のグループを組んでいたのだろうという答えなのである。日高さんは「(人類が)百人もいたとしたら、五匹ぐらいライオンが出てきたって、みんなで石を投げたりしたら、ライオンは逃げちゃいますよね」と分析。この200~300人のグループを組んでいた人類はどんな生活をしていたかというと、「大事なことは、父親ではなくて、近所のよそのおじさんが子どもに言うんです。いろんなことを『だめだあ』とか、『うまいぞお』とか、ほとんどね。要するに家族の中だけで育っていくんじゃなくて、近所のいろんなおじさんたちの中で育っていくということを、どうも人間という動物はやっていたらしい」としている。

 つまりは、おじいさんやおばあさん、お父さんやお母さん、おじさんやおばさん、もっと遠い血縁関係の大人たち、お兄さんやお姉さん、同世代の仲間、年下の小さな子供たち、こんな人間が混在して、そこで怒られたり褒められたり、親しい仲間がいたり、反目があったりという社会であったらしい。
アニメ「ちびまる子ちゃん」の一場面。フジテレビ系で9月2日に放送された「まる子、きょうだいげんかをする」より((C)さくらプロダクション/日本アニメーション)
アニメ「ちびまる子ちゃん」の一場面。フジテレビ系で9月2日に放送された「まる子、きょうだいげんかをする」より((C)さくらプロダクション/日本アニメーション)
 何のことはない、『ちびまる子ちゃん』の世界は、人類が生き残るために二十万年も前につくった「家族と近所の群れ集団=コミュニティ」がそのまま基盤としてあるのではないか。

 『ちびまる子ちゃん』の漫画を読んだりアニメを見たりして、何の違和感もなく溶け込めるのは、人類が二十万年も続けてきたコミュニティ社会を、もちろん無意識的にだが、さくらももこさんが素直に丁寧に写し取ってきたからではないだろうか。