長尾和宏(長尾クリニック院長、医学博士)

 私は夕刊フジで「ニッポン臨終図巻」という連載コラムを書いている。最近亡くなられた著名人の闘病や生き方を、医学的な目線も踏まえて毎週解説しているのだが、もし20年前だったらこの連載は成立しなかったと思う。当時は、著名人が病気、特にがんを公表することなど、ほぼ皆無であったからだ。
 
 医師として、著名人のがん告白で今も鮮烈に思い出すのは、1993年、フリーアナウンサーの逸見政孝さんが行った記者会見だ。

 「わたくしが今、侵されている病気の名前…病気はがんです」

 その一言を逸見さんが告白した瞬間、驚くべき数のフラッシュがたかれた。すべてのワイドショーが生中継し、国民は衝撃をもってそのニュースを受け入れた。そのときすでに、かなり胃がんが進行した状態であるのが、私には見て取れた。逸見さんは会見で、こうもおっしゃった。

 「公表したということによって自分にこれからはがんと闘うのだということを言い聞かせる」

 この勇気に、誰もが感動をした。会見終了後には、取材者たちから拍手が起きたという逸話が残っている。この会見からわずか3カ月あまりで、逸見さんは48歳という若さで、無念にもこの世を去ったのだが、著名人が「勇気を出してがん告白」という時代は、ここから始まったのではないか、と思う。

1993年9月、記者会見でがんが
再発したことを告白するフリーアナウンサー逸見政孝さん
 あれから25年あまり、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)社会の到来もあって、著名人のがん告白は日常的なものになっている。いや、著名人だけではない。「がん 闘病 ブログ」で検索をかけると、驚くべき数がヒットする。

 病を公にするという行為は、逸見さんがかつて会見で言った通り、「公表することでがんと闘う」勇気を得ることができるのだろう。そして、多くの人が応援し、さらには同じ病気で悩んでいる人を励ますこともできる。良い時代になったと思う。同時に、医療が発達して「がん≒死」というイメージが払拭された結果だとも言える。

 一方、これだけ多くの人が闘病をカミングアウトしている時代は、医療者泣かせの時代でもある。