また、ゼロ金利やマイナス金利政策をいつまでも続けるのではなく、真っ当な金融政策に戻ることを主張するリーダーの方が望ましいのではないのか。財政政策に関しても、財政再建という言葉を口にはするものの、実際には将来の世代にツケ回しする放漫財政を続けるのがどれほど危険なことか分かっているのか、と不安になる。

 一方、地球温暖化対策についても、トランプ米大統領ほど支離滅裂ではないとはいえ、首相にもそれほど関心があるとは思えない。9月4日に台風21号が日本に上陸し、特に近畿地方には甚大な被害をもたらしたが、あのとき首相は何を考えただろう。

 風速50メートルもの強風がどれほど恐ろしいか。それを被災地の人々は身をもって体験したが、そうした自然災害の多発化と地球温暖化の関係を首相はどのように考えているのだろうか。地球温暖化の影響の深刻さを身に染みて感じているのであれば、もっと対策に熱心にならなければおかしい。

 もう一度言うが、自民党議員の多くが、本当に安倍首相を支持しているか疑問である。もし、自民党議員の多くが首相の政策を支持し、リーダーとしてふさわしいと考えた結果、石破茂元幹事長以外に対抗馬が出てこないというのであれば理解できる。

 しかし、本音はそうではないだろう。自分が総裁候補として出馬したり、あるいは安倍首相以外の候補者を支持したりすると自分に不利益が及ぶと考えた結果、現在のような「安倍一強」になっているだけではないのか。

 国民のために尽くすことが政治家としての最大の任務だと考えるのであれば、そして自民党がその名が示すように自由と民主主義を尊重する政党であるというのであれば、総裁選に打って出る候補者がもっと出現し、かつ活発な政策論議が行われなければおかしい。

 少なくとも、一人でも多くの総裁候補が現れ、政策論争が展開されるのであれば、自民党員だけではなく、一般国民の中にも自民党の政策に関心を示す人が増えるはずだ。

 だが、現状は首相自身がそのような政策論争を極力避けているようにしか見えない。それどころか、政策論争には関係なく、総裁選で圧勝すべく議員に「誓約書」を書かせることばかりに専念しているようだ。

 安倍首相は、総裁選での勝利は間違いないと言われているにもかかわらず、なぜそこまで圧勝することにこだわるのか。その理由はひとえに森友・加計疑惑を過去のものとして葬り去りたいからだろう。
自民党総裁選の立候補者討論会に臨む安倍晋三首相(左)と石破茂元幹事長=2018年9月14日、東京都千代田区・日本記者クラブ(納冨康撮影)
自民党総裁選の立候補者討論会に臨む安倍晋三首相(左)と石破茂元幹事長=2018年9月14日、東京都千代田区・日本記者クラブ(納冨康撮影)
 しかし、政策論争抜きで単に圧勝を目指す首相の姿勢は、国民をしらけさせるだけである。だとしたら、総裁選によって政治家としての命は長らえるであろうが、自民党という政党は国民からますます遠ざかってしまうに違いない。

 そして、そんな首相をリーダーの座に据えるわが国の国力は低下の一途をたどるだけではないだろうか。要するに、「アベ・シンゾウ」を守るために自民党、あるいは日本全体が犠牲になっているとしか思えないのである。