1978年から導入された予備選は総裁選をさらに激しくさせることになった。現職首相の福田赳夫に対抗する大平正芳は、田中派の支援を受けて全国でローラー作戦を展開する。一方で、一般投票に絶対の自信を持つ福田は、自ら「予備選で100票差のついた場合は2位の者が辞退すること」とけん制したが、結果は皮肉なことに「天の声もたまには変な声がある」とセリフを残して福田が敗北することになる。

 筆者は過去のこうした激しい総裁選にノスタルジーを抱いているわけではない。「勝てば官軍」がまかり通り、平気で金品が飛び交うような下品な政治の姿を求めているわけでもない。

 旧田中派の議員秘書だった筆者自身の経験から「ローラー作戦」の凄さを誇っているわけでもない。もちろん過去の総裁選が健全だったと言うつもりなどない。

 ただ、激しい権力闘争の陰には、政治に欠かせない人間ドラマや、見えにくいながらも政策論争が存在していたことを忘れてはならない。

 外交、経済、金融、福祉、公共事業、米国など戦後日本の保守政治の基軸となる政策議論を盛んに行った。それは権力闘争の中にも、確実に散りばめられていたのである。果たして、今回の総裁選はどうか。権力闘争どころか、政策論争すらないことに危惧を覚える。

 低調な総裁選は首相の安倍晋三だけが原因ではない。実は「何も語らない」ある人物の存在がこの選挙を低調にし、彼が口を閉ざせば閉ざすほど注目を浴びるという珍現象に起因している。

 そう小泉進次郎である。彼が具体的なビジョンや姿勢を表明することなく、今回の総裁選のキーパーソンに祭り上げられているのは自民党にとって絶望的なことだ。

 彼が何を考え、一体どういう政策を提示しているのか。それを説明のできる自民党員は多くはないだろう。また、彼は派閥を束ねるような政治力を持っているというわけでもない。少なくとも、彼の父である小泉純一郎は、派閥の領袖(りょうしゅう)を経験したし、旧大蔵族として財政投融資や郵政民営化などの政策を打ち出すなど、政治家としての顔がはっきり見えた。
超党派議連の会合に臨む自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長=2018年7月12日、国会
超党派議連の会合に臨む自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長=2018年7月12日、国会
 では、メディアが祭り上げる小泉進次郎がいったい何をしたのか。まったくバカげた話である。自民党総裁選の低調ぶりは、国の停滞も呼び込んだに等しい。

 政治はしょせん権力闘争である。その権力闘争もできない自民党に未来はないだろう。