上久保誠人(立命館大政策科学部教授)

 9月20日に投開票が行われる自民党総裁選には、連続3期当選を目指す安倍晋三首相と、石破茂元幹事長が立候補している。

 一方、安倍首相の有力な対抗馬とみられていた岸田文雄政調会長は、結局不出馬となった。岸田氏は「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だと判断した」と不出馬の理由を語った。

 当初、岸田派「宏池会」内は、若手を中心に出馬を促す「主戦論」と、ベテランを中心に今回は出馬せず、次回の総裁選で安倍首相からの禅譲を目指す「慎重論」で割れていた。そのような状況の中で、岸田氏は総裁選に出馬するかを慎重に検討してきた。

 結局、自民党内に「安倍首相は余人をもって代え難し」という「空気」が広がる中、勝機が全く見えないことから、勝てない戦を避けて、安倍首相からの将来の「禅譲」に望みを託すことに決めた。

 岸田氏が領袖(りょうしゅう)を務める宏池会は、吉田茂元首相の直系の弟子である池田勇人元首相によって創立されて以来、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一と4人の首相を輩出し、河野洋平、谷垣禎一と野党時代の総裁も2人出している。経済政策通の池田氏と、彼を取り巻く官僚出身議員を中心につくられ、「軽武装経済至上主義」を掲げて、高度経済成長を成し遂げた。長く自民党長期政権の中核を担ってきた伝統から、「保守本流」の名門派閥とみなされてきた。
自民党総裁選挙への不出馬を発表する岸田文雄政調会長=2018年8月24日(春名中撮影)
自民党総裁選挙への不出馬を発表する岸田文雄政調会長=2018年8月24日(春名中撮影)
 自民党が下野していたときも、野田佳彦政権(旧民主党)が実現した「税と社会保障の一体改革」の民主・自民・公明の「3党合意」を主導したのは、自民党の谷垣総裁(当時)だった。経済通がそろう宏池会で育った谷垣氏は、若手のころから財政再建の必要性を訴える「財政タカ派」のリーダー的存在であった。総裁時代には、民主党政権のマニフェスト政策の完全撤回を要求する「強硬路線」を突き進んでいたが、消費増税の必要性には理解を示していた。

 谷垣氏は、野田首相と極秘会談し、消費増税について「協調路線」にシフトした。民主党と自民党は、社会保障政策の考え方が大きく異なっていたが、考えの異なる点については「社会保障制度改革国民会議」を設置して議論することを提案するなど、谷垣総裁は野田首相に「助け舟」を出したのである。

 国会論戦では、かつて「自社さ連立政権」時代に一緒に税制改革に取り組んだことを例に挙げて、「あなたたちの先輩は、税制改革実現のためにもっと汗をかいていた」と、民主党を厳しく諭し、合意形成に導いた。

 結局、3党による消費増税のコンセンサスが形成されることになり、民主党の分裂騒ぎがありながら、消費増税関連法案は圧倒的多数で可決された。実に国会議員の約8割が賛成する「大政翼賛会」並みの大規模な合意形成を実現した立役者が、谷垣総裁だったのだ。

 だが、「税と社会保障の一体改革」は第2次安倍政権の登場後に頓挫した。安倍首相は最初の組閣・党役員人事で、谷垣前総裁を法相、伊吹文明元財務相を衆院議長、石原伸晃前幹事長を環境相に起用するなど、3党合意を主導した谷垣執行部の幹部を経済政策「アベノミクス」の意思決定から排除したのである。

 宏池会のホープだった岸田氏を外相に起用したのも、安倍首相が岸田氏を「盟友」と信頼する一方で、財政再建派として警戒し、アベノミクスに関与させない意図があったかもしれない。

 逆に、安倍首相は3党合意から外されていた麻生太郎元首相を副総理兼財務相に、甘利明氏を経済再生相に起用した。また、経済学界では少数派にすぎなかった「リフレ派」の学者や評論家たちが、首相官邸に経済ブレーンとして招聘(しょうへい)された。