太田省一(社会学者、文筆家)

 2018年9月16日、安室奈美恵が芸能界を引退した。およそ1年前の「引退宣言」は現実になったのである。

 芸能人の引退、とりわけアイドルの引退となると、活動の華やかさとの対比もあって、ファンならずとも寂しさがこみあげてくる。今回の安室奈美恵の引退にも、私を含めてそんな思いに駆られる人は少なくないはずだ。

 アイドルの歴史をさかのぼってみると、同じく社会現象となった引退劇として、1970年代の「キャンディーズの引退」がある。ステージ上で突然解散を発表したときの「普通の女の子に戻りたい」という伊藤蘭の叫びは流行語にもなった。そこには、アイドルと一般人は全く違う世界に生きているという感覚が根強くあった。だからキャンディーズが引退してしまうことは、ファンからすれば彼女たちの存在自体があたかも永遠に消えてしまうかのような衝撃があったと、当時のことを知る私は思い出す。

 一方、安室奈美恵の引退は少し違っている。「安室奈美恵」という芸能人の活動は終わっても、安室奈美恵という一人の女性の人生は続く。当たり前のことといえばそうだが、ファンはなんともいえない寂しさを抱きながらも、そのことをよく分かっているようにみえる。

 そこにあるのは、「ともに生きる」という感覚である。

 1977年、沖縄に生まれた安室奈美恵は、地元のタレント養成スクール「沖縄アクターズスクール」に通った後デビュー、1995年の『TRY ME~私を信じて~』がヒットして一躍時の人となった。その人気は歌だけにとどまらず、ファッション面にも及んだ。彼女をまねて茶髪に細眉、ミニスカートに厚底ブーツでストリートを闊歩(かっぽ)する「アムラー」と呼ばれる少女たちがマスコミを賑(にぎ)わせたのは、よく知られている通りだ。

 そうした髪形やファッションに影響を及ぼしたアイドルの先達としては、やはり1980年代の松田聖子が思い浮かぶ。前髪でおでこを隠した「聖子ちゃんカット」もまた、当時の少女たちが我も我もとこぞってまねをした。

 ただ松田聖子は、それだけでは終わらなかった。『赤いスイートピー』(1982年)などの歌を通して同性ファンを増やし、アイドルを一過性のものではなく長続きするものにした。松田聖子と同世代の女性ファンは、「聖子ちゃん」が大人になって恋愛をし、結婚・出産、さらには離婚など、人生経験を積み重ねていくのを見守り、折に触れて彼女の存在に励まされながら、自分たちもまたそれぞれの人生を生きた。つまり、アイドルとファンは「ともに生きる」ようになったのである。
「風立ちぬ」でゴールデン・アイドル賞を受賞した松田聖子=帝国劇場
「風立ちぬ」でゴールデン・アイドル賞を受賞した松田聖子=帝国劇場
 安室奈美恵は、そんなアイドルとしての生き方を受け継いだ。20歳で結婚、そして出産のため産休に入り、その後復活。離婚してからはシングルマザーとして生きてきた。ファンもまた、そんな彼女の必ずしも順調とばかりはいえない人生とともにずっと生きてきた。

 ただ、松田聖子と安室奈美恵とでは、時代背景は大きく異なっている。