鈴木涼美(社会学者)

 「愛なんて美しくなくていい 怖いくらいでもいい」という歌詞をメロディに乗せたのは小室哲哉だが、それにしても日本中がお祝いムードに包まれた婚約報道から、婚約者に関する一連の報道を経て眞子さまが今感じている怖さはどれくらいのものだろうか。

 そう言えば最近、高橋一生がミステリアスな彼氏を演じるサスペンス映画が公開されていたが、その映画を上回る勢いで「知り尽くしていたはずの愛する人の素性」が週刊誌をにぎわせた。

 眞子さまの心中は私ごときが察せるものではないが、一方で良き大学を出て良き銀行をすぐやめて良き大学院に入り、念願の国際弁護士を目指す米国留学をスタートさせた元「海の王子」の方は、自信と誇りに満ちたエリートへの階段を意気揚々と登っているように見える。

 昨年婚約が発表されたとはいえ、週刊誌報道の後に不自然に延期されており、彼はまだ正式な皇室の関係者ですらないような気もするが、元「海の王子」であることは間違いないので、待遇がさながらプリンス並でも当然なのだろう。

 いくつかの報道では、彼らの結婚は暗礁に乗り上げてしまったような印象を受けるが、少なくとも彼のこれまでの振る舞いや雰囲気、行動を見ると、その理不尽のようにも思える延期発表や、週刊誌によって一方的につけられる悪印象について必死に抗おうというような態度は見受けられない。

 そもそも週刊誌には彼の母親の元婚約者であり、彼の留学資金などを用立てたA氏の声が登場するが、それに対する公の場での反論すら発していない。

 母親がどんなつもりでA氏から現金を受け取ったのか、といったことは各自の妄想の域を出ないが、そんな家庭の事情があったとしても、愛する女との結婚に向けて、弁解したり謝ったりしてでも守り抜く、という気概が彼から全然感じられないのだ。

 私は正直、母親が「裏ッピキ」(夜の商売をする女の間で、客から直接金銭を受け取る行為を呼ぶ)の天才だったとか、そんな話はどうでもよくて、延期をすんなり受け入れるような、その辺りに彼の不気味さを感じる。
米国に出発する小室圭さん(中央)=2018年8月7日、成田空港
米国に出発する小室圭さん(中央)=2018年8月7日、成田空港
 本当に眞子さまとの「恋愛結婚」を遂行したいのであれば、公の場で母親をフォローするでもいいし、和泉元彌のように母親の呪縛を振り切ったっていいような気もするのだが、お付きの人などをつけて胸を張って米国のロースクールに通学する様子は、それなりの希望を叶えたというような印象まで醸し出す。

 父親を亡くし、低収入の母と2人、時には第三者の助けを借りながらも力強く生きてきた彼のような人を、奮い立たせるものはなんだろうか。決して恵まれた状況にいなくとも、優秀さと気高さを放棄せずに、いかにも恵まれた状況の人が歩むような道を歩むというのは並大抵の覚悟ではできない。