そもそもこの休刊は、新潮社が21日に社長声明を出すことで事態を収拾しようとしたものの、予想以上に厳しい世論や、作家らが執筆や出版取りやめの検討を表明したこと、さらにはいくつかの書店が書籍の販売を取りやめるといった報道が出る中で、追い込まれた上での決断であろう。

 連休明けの25日朝には、新潮社の社員有志50人ほどが取締役会に要望書を提出し、謝罪の言葉を発表することと、責任の所在を明らかにして、再発防止策を取ることを求めたというが、その思いはどう具体化されるのだろうか。

 また、『新潮45』は「ここ数年、部数低迷に直面」していたことも記されている。その結果、「試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ」「企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた」という。社長声明に記された「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」はそうした環境の中で見過ごされてきたとの認識である。

 要は、部数低迷から脱し、売り上げ向上のために意図的に今回の企画を行ったということだろうが、少なくとも、どの部分が「偏見」で、どの部分が「認識不足」だったかも示すべきである。再発防止のためには、この検証は何より大事なことだ。

 また、それを示さないまま、一方的に「偏見」「認識不足」というのは、そもそも執筆者に対しても失礼であろう。

 たとえ執筆者側に指摘されるような問題があったとしても、今回新潮社は「原稿チェックがおろそかになっていた」ことは認めている。つまり、編集者が編集者としての仕事をしていないわけで、その点で新潮社の責任は免れないと思う。
21日に新潮社が公表した佐藤隆信社長名の談話
21日に新潮社が公表した佐藤隆信社長名の談話
 加えて違和感を持つのは、新潮社のホームページから休刊のお知らせにアクセスできるものの、休刊発表から1日たった26日でも、『新潮45』のページでは、何ら言及がないということだ。まるで何事もなかったかのように、10月号発行時の文言がそのまま記載されていた。

 そこで、改めてこの特集に関する目次やリードなどを読む。

 【特別企画】そんなにおかしいか「杉田水脈」論文

8月号の特集「日本を不幸にする『朝日新聞』」の中の一本、杉田水脈氏の「『LGBT』支援の度が過ぎる」が、見当外れの大バッシングに見舞われた。主要メディアは戦時下さながらに杉田攻撃一色に染まり、そこには冷静さのカケラもなかった。あの記事をどう読むべきなのか。LGBT当事者の声も含め、真っ当な議論のきっかけとなる論考をお届けする。


 筆者は今回の『新潮45』の記事もさることながら、実はこのリードこそが問題にされるべきとも思っている。