「見当外れの大バッシング」「主要メディアは戦時下さながらに杉田攻撃一色に染まり、そこには冷静さのカケラもなかった」とあるが、「主要メディア」とはどのメディアで、「見当外れ」「戦時下さながら」というのであれば論拠となるべき具体的な記事や論考を示すべきだろう。

 ネットメディアやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及による紙雑誌の売り上げ減は、論壇誌だけでなく漫画でも指摘されていることだ。そうした中で新潮社ならずとも、ともすれば「売れさえすれば、何をやっても許される」といった価値観に流されがちである。

 今回、新潮社が狙ったものとは全く違う形で「真っ当な議論」が巻き起こり、その流れに対して異議を申し立てることになったのは、皮肉なことである。しかしこれは、今まで行われてきたLGBTに関する地道な活動の成果でもあると思う。

 一方で露呈したのは論壇界の人材不足、もしくは未熟なまま、生煮えのままでも「論文」とされ、何らかの価値づけがされていくといった風潮である。それが今回の騒動を巻き起こした一因であるならばなおのこと、今だからこそ「真っ当な」論壇誌の存在が求められているともいえる。

 新潮社は2002年から「新潮ドキュメント賞」を創設し、売れ行きが厳しいノンフィクション作家を発掘、育てることに寄与してきた。『新潮45』はその発表誌でもある。
新潮社の佐藤隆信社長(右)=2015年10月16日、東京都渋谷区
新潮社の佐藤隆信社長(右)=2015年10月16日、東京都渋谷区(海老沢類撮影)
 「事実上の廃刊」といわれる今回の「休刊」であるが、これを機に社会が求める「論壇誌」として生まれ変わること、もしくは新たに創刊されることを望む。

 新潮社にはどのような形にせよ、一連の騒動を検証する記事と、杉田氏の見解を掲載した出版物の発行を心から望む。

 ちなみに、その出版物は必ず売れるはず。会社的にもマイナスはないはずである。