山田順(ジャーナリスト)

 今回の月刊誌『新潮45』の休刊(事実上の廃刊)を知って、私がまず思ったのは「やはりか」だった。なぜなら、いずれこの日が来るのは明らかだったからだ。それほど『新潮45』の部数は低迷していた。

 昨年、2万部を割ったと聞いたとき、思わず聞き返したぐらいである。これは、一流出版社が出す総合誌の部数ではない。昔なら、ミニコミ誌でも2万部以上のものがあった。だから、『新潮45』がいまだに月刊で出ていること自体が私には信じられないことだった。

 「新潮」という名を冠した雑誌なのでメンツで出している、新潮社はまだそうした余裕があるのかと思うほかなかった。というわけで、今回の休刊は、出版業界から見れば日常的なことである。ここ数年で、どれほどの雑誌が休刊に追い込まれたか、振り返ってみればいい。

 ただ、今回は休刊に至るプロセスが、あまりにも異常すぎた。そのプロセスをまとめると、次のようになるだろう。

1、発端となったのが8月号の杉田水脈議員の「LGBTには『生産性』がない」論文の炎上。杉田議員自身、政治家としての姿勢が問われると同時に、LGBTを巡る論争が巻き起こった。
2、10月号の特集「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」が再び炎上。杉田議員を擁護した小川榮太郎氏などの寄稿文に批判が集まり、掲載した『新潮45』の言論誌としての姿勢が問題視されることに。
3、一連の騒動が新潮社批判に発展し、それに応える形で同社の佐藤隆信社長が、「ある部分に関しては、あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられました」との見解を発表。しかし、批判は収まらず。
4、不買運動も出て騒動は沈静化せず、ついに会社として休刊を発表。


 この1から4に至るプロセスの中で、いろいろな問題が噴出した。そのため、これらをまとめて論じることは非常に難しい。
LGBTに関する論文掲載をめぐり、月刊誌『新潮45』の休刊を発表した新潮社=2018年9月25日(納冨康撮影)
LGBTに関する論文掲載をめぐり、月刊誌『新潮45』の休刊を発表した新潮社=2018年9月25日(納冨康撮影)
 そこで、本稿では、今回の騒動の背景にある「雑誌崩壊」に絞って考えてみたい。まず言っておきたいのは、今回のような騒動がなくとも『新潮45』はじきに休刊したということだ。それは、「休刊のお知らせ」(新潮社公式サイト)で明らかだ。いみじくも「お知らせ」は、次のように言っている。

 ここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた(後略)


 これは、部数低迷が全ての原因であると言っているのと同じだ。それほど、出版不況による「雑誌崩壊」は進んでおり、すさまじい破壊力で、雑誌を壊しているのである。