雑誌の売り上げを決定的に奪っていったのは、以前はガラケー、いまはスマートフォンである。スマホの1日の平均使用時間は、中学生までは1~2時間とされるが、高校生になると、男子が4時間、女子は7時間という調査結果がある。20代、30代の社会人も3~4時間は使っているはずだから、雑誌など読む時間はない。

 「雑誌の死」の記事を書いた2015年、私が注目したのが、LINE上級執行役員(当時)の田端信太郎氏が、「マーケティングテクノロジーフェア」の特別講演で話したことだ。彼は「20代はスマホが本妻、テレビは愛人」という趣旨のことを述べ、「(ユーザーの消費時間の)7%のシェアしかないプリント予算に、いまだに広告主は25%も使っているのはおかしい」と指摘したのである。

 雑誌を支えているのは、販売収入よりも広告収入である。広告収入は部数に比例する。田端氏の指摘はその通りであり、毎年、雑誌の広告収入は減り続けている。

 『新潮45』のような月刊誌では、広告収入はわずかしかなく、これまで赤字覚悟で発行されてきた。この赤字を少しでも解消するためには、部数増による販売収入の増加が不可欠となるが、そのために何ができるだろうか。

 実は、今回の休刊はここに原因がある。つまり、部数増のためにマーケティングを行い、分析結果を実行すれば、必ずこうなるのである。出版社が行うマーケティングとは、読者の分析である。読者カードによるアンケートの回収・分析から、今では書店のPOS(販売時点情報管理)システムなどがある。

 これらを見れば、ノンフィクションやオピニオンを基調とする月刊誌の読者が、ほぼ60歳以上の男性であることが分かる。しかも、ここまで書きたくはないが、学歴や職歴などのデータから見ると、それほど教養のない人々である。

 前記したように、若い世代は完全に紙離れしている。となると、このような高齢世代が好む言論を載せなければ、雑誌は売れない。
新潮社の新刊本の販売をやめると宣言した和歌山市の書店「本屋プラグ」=2018年9月
新潮社の新刊本の販売をやめると宣言した和歌山市の書店「本屋プラグ」=2018年9月
 こうして、多くの月刊誌が極度に右傾化していった。ここで言う右傾化とは、朝日新聞などのリベラルといわれるメディア(本当にリベラルかどうかは置いておく)を叩き、野党と左翼を叩き、北朝鮮や韓国、中国を叩く。場合によっては米国の横暴も叩く。非常に分かりやすい編集方針のことである。

 この典型が、『WiLL』や『月刊Hanada』、『正論』などだが、今では『Voice』『SAPIO』までがそうなり、最後発として『新潮45』がそうなったといえるのだ。