数年前、ある月刊誌の編集長に「なぜ、そんな右がかった原稿ばかり載せるのか? それでは『WiLL』や『正論』と同じではないか?」と聞くと、彼ははっきりとこう言った。「別に私がこういう言論を好きというわけではないんです。ただ、そうしないと部数減が止まらないんです。私はマーケティング通りやっているだけですよ」。

 そこで、私はこう聞いた。「でも、毎月、朝日叩き、中国叩きでは、同じことの繰り返しではないか?」「それでいいんです。読者は新しいものなんて求めていません。毎回、同じように叩くからいいんです。『朝日、中国は、やっぱりそうか。だからダメなんだ』。そう思うのが彼らの快感で、それが持続することを望んでいるのです」。なんというマーケティングの成果だろうか。

 かつて『新潮45』には、良質なノンフィクションがあった。しかし、そうしたノンフィクションを支えるには、調査報道をするための豊富な取材費が必要だから、それが出せなくなれば、自然と消滅する。今では、日本の月刊誌のほとんどで、綿密な取材を重ねたノンフィクションはなくなった。

 ここ半年、『新潮45』は、おなじみの「保守論人」(本当に保守かは分からない)による寄稿のオンパレードとなった。「『反安倍』病につける薬」(2月号)、「『非常識国家』韓国」(3月号)、「『朝日新聞』という病」(4月号)、「問題の本質を直視しないいつわりの『安倍潰し国会』」(5月号)、「朝日の論調ばかりが正義じゃない」(6月号)と続き、8月号で杉田LGBT論文を掲載するに至ったのだ。

 今回のことではっきりしたのは、「貧すれば鈍する」ということだろう。創業者、佐藤義亮の「良心に背く出版は、殺されてもせぬ事」すら省みられなくなるまで、出版ジャーナリズムは劣化してしまった。

 今回のことで、新潮社は「良質な文芸書」を出す出版社という看板を失ってしまった。部数が2万部を切り、それを挽回しようと、マーケティングに従った結果がこれだ。
 
NTTドコモの電子雑誌読み放題サービス
「dマガジン」
 今のところ雑誌を救う方法がない。いっとき、電子出版が紙出版を救うとされたが、それは単なる希望的観測であり、今や電子出版も失速している。

 2018年上半期(1月~6月)の紙と電子出版物販売金額は7827億円で、前年比5・8%減。そのうち紙出版は6702億円で前年比8・0%減、電子出版は1125億円で同9・3%増となっている(出版科学研究所)。

 しかし、電子出版の内訳を見ると、電子コミックが864億円で同11・2%増、電子書籍が153億円で同9・3%増なのに対し、電子雑誌は108億円で、なんと同3・6%減とマイナス成長なのである。これは「読み放題サービス」の会員数の減少が原因で、もはや雑誌は紙でも電子でも見放される状況になっている。このままでは、『新潮45』に続いて、雑誌が次々休刊していくのは避けられないだろう。