三つ目の要因は、自民党沖縄県連の体たらくだ。本部からさまざまな支援を受けて選挙を進めてきた自民党県連だが、最後まで「死に物狂いの選挙」を闘う態勢は整わなかった。

 実は、前回知事選で翁長氏が自民党を離れるまで、自民党県連のかかわる主要選挙は、ことごとく翁長氏と腹心の安慶田光男氏(元副知事)が指揮してきた。両氏が自民党を離れてからは、翁長氏に近かった翁長政俊前県議が自民党県連を仕切ることになったが、今回の知事選では、その翁長政俊氏が10月に実施される那覇市長選に立候補することになったため、自民党県連は事実上司令塔を欠く形となった。

 結果として、集票の主力部隊である県内各自民党支部や経済界との調整に失敗し、かけ声と焦りばかりが膨らんでいった。

 公明党の支持母体である創価学会員の一部も佐喜真氏から離反するなど、「組織」が効果的に機能しないまま終盤を迎えてしまったのである。「自民党本部が介入し過ぎたから選挙に負けた」という声もあるが、むしろ自民党県連がだらしないから本部が介入したと見るほうが適切である。

 四つ目の要因は、上記のような自民党県連の焦りを一因として、佐喜真氏の支持者・支援者によって相手候補をおとしめるようなソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)発信などが過剰に行われ、「自公は汚い選挙をしている」というイメージが生まれてしまったことである。
沖縄県知事選で落選が決まり、うつむく佐喜真淳氏=2018年9月30日、沖縄県那覇市(上松亮介撮影)
沖縄県知事選で落選が決まり、うつむく佐喜真淳氏=2018年9月30日、沖縄県那覇市(上松亮介撮影)
 玉城陣営からも、これに対抗するようなSNS発信が行われたが、トータルでいえば玉城陣営のほうがクリーンだったといえよう。玉城陣営からSNSで発信されるテキスト、画像、動画なども有権者の心をつかむような効果的なものが多く、これもまた玉城氏の勝利に寄与した。

 結果的に辺野古移設問題を含む「政策論争」は、選挙中どちらかといえば棚上げされた格好だった。辺野古移設問題を除けば、両者とも「県民の暮らしを豊かにする」という政策を掲げていた点で大差なく、佐喜真氏が辺野古移設問題を避けるように選挙を闘ったことがかえってアダになった可能性もある。

 ただ、投票率は前回を下回り、総じていえば県民の関心が高い選挙とはいえなかった。メディアが大きく報道する中、4割程度の有権者が棄権したが、「沖縄の未来」を考えたとき、「自公VSオール沖縄」という対決の構図をこのまま続けていいのか、今一度熟考する時期が訪れているかもしれない。