もっとも、こうした思考停止は、教科化の積極的な「推進派」にあっても同じである。彼らは、修身科が過去の「遺産」であるというが、はたして何が「遺産」なのか答えられない。中には、道徳の「教科化」さえ実現すれば、いじめや不登校、自殺などの教育問題が魔法のように解決するといった楽観論も少なくない。

 こうした主張は根拠に乏しく、「感情的」であるという点で、「修身科=悪玉論」の主張と表裏を成している。しかも、両者に共通しているのは、「道徳は教えられる」「価値は押し付けられる」という道徳教育への素朴な「信頼」である。

 しかし、道徳教育はそれほど簡単でも単純でもない。誠実や親切という価値を教えれば、子供たちが誠実になり、親切になるわけではない。愛国心を教えれば、すぐさま子供が愛国心を身につけるわけでもなければ、戦前の「少国民」に変貌するわけでもない。

 それにもかかわらず、戦後日本は道徳教育を「賛成か反対か」という感情的なレベルの政治論に押し込め、あるべき道徳教育の理念、内容、方法といった本質的な課題の検討は妨げられてきた。「賛成か反対か」の単純な二項対立の議論は、結局は政治的なイデオロギー論にたやすく回収され、教育論としての議論を希薄にした。こうした状況から生み出されたのが「道徳教育アレルギー」である。

 歴史を創造するためには、決して過去を切り離して考えることはできない。真の創造を実現するためには、過去を厳しく批判し、過去を否定的に媒介することが必要である。たとえ誤った過去を持ち、悲しい歴史を担うにせよ、こうした過去を否定的に吟味し、検証することで初めて真の創造が達成されるはずである。
教育勅語(安藤慶太撮影)
教育勅語(安藤慶太撮影)
 その意味で、戦後の道徳教育は、戦前の修身科を否定的に媒介することに明らかに失敗した。戦前と戦後とは、哀れなまでに遮断・断絶され、修身科は感情的に「全否定」されることで戦後へと継承されることはなかった。それが「修身科=悪玉論」の実体である。

 しかし、私たちは歴史を検証せず、歴史から学ぶという視点を欠いては何も生み出すことはできない。また、歴史を深く多角的に検討することなしに、新しい教育の創造はありえず、あるべき道徳教育の展望を開くことは不可能である。