そういう流れの中で、文科省が道徳科設置の主な理由としたのは、「いじめ問題」の深刻化であり、青少年の問題行動の多発、子供を取り巻く地域や家庭の変化(家庭の教育力、社会的モラルの低下)である。その他に、諸外国に比べて低い高校生の自己肯定感や社会参画への意識が低さ、グローバル化の進展などが道徳的に解決すべき課題として挙げられている。

 確かに、いじめの認知件数は高止まり傾向にあり、待ったなしで解決すべき事案であることは間違いない。その他にも学校にはさまざまな問題が噴出している。

 しかしながら、法務省のデータにあたってみると、少年犯罪は年々低下傾向にあるため、青少年の問題行動の多発という意見には根拠がない。そもそも、モラルが低下していると批判されなければならないのは、むしろ大人と社会の方ではないのか。

 では、道徳を教科として格上げすれば、いじめ問題が解決に向かうのだろうか。

 道徳科設置の直接的契機となったのは、2011年の「大津いじめ自殺事件」だ。あまり知られていないが、実は、事件の起きた大津市立皇子山中学校は、文科省指定の「道徳教育実践研究事業」の推進校(2009~2010年度)だったのである。

 ところが、いじめ自殺事件は指定後の2011年10月11日に起きている。皇子山中の学校評価表では、道徳性の伸長について高い評価が掲載されている。もちろん、外向けの報告書を額面通りに受け取ることはできないし、この事件の真相や根本原因をここで論じることもできない。

 だが、少なくとも文科省の肝いりで学校を挙げて行われた道徳の指定研究が、この事件を防ぐ有効な力になり得なかったということは言えるだろう。道徳を教科にしなければ、「いじめは防げない」と言わんばかりの文科省の主張には首をかしげざるを得ない。
2013年8月、文科省の前川喜平初等中等教育局長に意見書を提出する大津市の越直美市長
2013年8月、文科省の前川喜平初等中等教育局長に意見書を提出する大津市の越直美市長
 それでは、なぜこのような性急な形で道徳科が推進されたのだろうか。第一次安倍政権の下では、教育基本法が「改正」され、いわゆる「愛国心条項」が追記された。

 第二次安倍政権では「教育再生」を重要な政策課題に掲げ、第一次政権での教育再生会議を教育再生実行会議としてバージョンアップさせ、充実を図ってきた。当時の下村博文文科相は「6年前にも教科化は提言されたが、残念ながら頓挫した。今回は必ず教科化に資する議論をしてもらいたい」と強調し、第一次政権下で教科化を果たせなかったリベンジだということを公言している。

 こうした経緯から考えれば、道徳の教科化は、教育問題というよりも政治的課題として浮上してきたものであるといえよう。その背景には復古主義を唱え、改憲を目指す日本会議など特定の政治勢力の影響がある。主な主張は「自虐史観、偏向教育の見直し」であり、「戦後レジームからの脱却のための教育再生」を課題とした安倍政権の意図とマッチしている。