山本一郎(個人投資家・作家)

 「情報法制研究所(JILIS)は悪目立ちが酷すぎる。もう少し、大人の振る舞いはできないのか」。官邸の要人が苦虫をかみつぶしたような面持ちで申し入れてきたのは、その情報法制研究所がシンポジウムを開催した2018年9月2日のことでした。

 「海賊版サイト対策に関する検討会議」(通称「タスクフォース」)が第1回の会合を行ったのは、18年6月22日。実に3カ月もたたないうちに百家争鳴(ひゃっかそうめい)状態となったこの問題について、”大本営”である政府の知的財産戦略本部(以下、「知財本部」)では、海賊版サイトに対するアクセス遮断の是非について賛成派と反対派に分かれて激しい論戦が繰り広げられていたのです。

 この海賊版サイトに対するアクセス遮断、すなわち「ブロッキング問題」は、もう多くのメディアが子細を報じていますので状況を簡単に述べますと、日本国内のユーザーが海賊版サイトを利用するにあたって、ほぼすべてのユーザーは日本のインターネット接続業者であるISPなどの通信事業者を経由することになります。その通信事業者に対して、海賊版サイトをユーザーが見られないように遮断する、ブロッキングすることを求めよう、というのが知財本部の考えでした。

 しかしながら、ユーザーが海賊版サイトを閲覧できないようブロックするためには、通信事業者が対象ユーザーのすべての通信内容を知り、その中で海賊版サイトを閲覧しようとした通信を選び出して、これをブロックする必要があります。

 ユーザーのすべての通信内容が分からなければブロックできないわけですから、これは「通信の秘密」を根底から侵害するであろうということは明白です。したがって、知財本部の開催した検討会議タスクフォースにおいては、18人の構成する委員のうち、この問題の第一人者である森亮二弁護士を中心に9人までもが連名で強く反対することになったわけです。

 その後も議論は続き、結果として、タスクフォースでは報告書も提出できないまま開催については無期延期となりました。この経緯についても、読売新聞や日経新聞をはじめ、ネットメディア各社が精力的に取材を続けて話題となりました。

海賊版サイト対策を検討する政府の有識者会議=10月15日、東京都千代田区(本間英士)
海賊版サイト対策を検討する政府の有識者会議=10月15日、東京都千代田区(本間英士)
 安倍政権の本丸である官邸主導のタスクフォースが、ある意味で国民に認められた権利である通信の秘密を守ろうとする有識者の決意の前に、事実上ブロッキングの断念に追い込まれた瞬間であります。

 もっとも、最近では自民党内の「漫画議連」各位が、ブロッキングの実施に向けて政策提言する動きも見せる中、科学技術担当大臣の平井卓也さんがブロッキング実施とは明言はしないものの、何らかの海賊版対策を打ち出すことに意欲を見せるなど、有識者の議論よりも政治主導で問題を解決したいという意欲が強そうであることは気になります。

 筆者はこの問題をずっと見てきましたが、海賊版サイトへの対策を行うことについてはブロッキングに賛成の識者も反対の面々も、異論はなかったのは間違いないと思っています。誰も、海賊版サイトの肩を持つ気はさらさらないのです。しかしながら、この海賊版サイトの問題を解決するのに、国民の権利である通信の秘密を放り投げることの是非は強く問われるべきであります。と同時に、いま日本のインターネット関連法制で課題となるべき個人に関する情報の取り扱いの厳密化や、ひとたび紛争が起きたときに行われる法執行が合理的でないという別の問題もあり、こちらの方がよほど喫緊(きっきん)ではないかと思うわけです。