舛添要一(前東京都知事、元厚生労働大臣)

 麻生太郎副総理兼財務相が10月23日の閣議後の記者会見で、「俺は78歳で病院の世話になったことはほとんどない」と前置きした上で、「『自分で飲み倒して、運動も全然しない人の医療費を、健康に努力している俺が払うのはあほらしい、やってられん』と言った先輩がいた。いいこと言うなと思って聞いていた」と述べた。

 この発言に対しては、各方面から批判の声が高まっている。「誰も好き好んで病気になっているわけではない」「健康保険制度の趣旨を理解していない」というような反論である。

 麻生氏は「生まれつきもあるので、一概に言うのは簡単な話ではない」と記者会見の中で「弁明」はしているが、彼特有の、トランプ的な率直かつ上品とは言いがたい表現が批判に輪を掛けている。あるいは、麻生氏に対しては「のれんに腕押し」で、何を言っても無駄だという諦めも広がっている。

 確かに、表現は適切でないかもしれないが、麻生氏の言っていることにも一理はある。そのような考え方は、米国、特に共和党支持者の間では一般的であり、麻生氏が米国の政治家なら拍手喝采されたであろう。それは、公的な健康保険制度を充実させようとするオバマケアに対する批判が、なぜ強いかを考えるとよく分かる。

 「代表なくして課税なし」という原則が米独立戦争の理念であり、米国人は税金の徴収、使途について厳しく監視する。自分のできることは自分で行い、政府の役割をできるだけ小さくして税金を最小限にするというのが平均的な米国市民の考え方である。その結果は、小さな政府であり、夜警国家である。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 私は、米国の建国の基礎は「銃とキリスト教」だと考えているが、大都市はともかく、地方では、保安官を雇わなくても、自らの銃で家族やコミュニティーを守っていくという発想が今なお健在である。

 もちろん、現代では緊迫する国際関係の中で、外交や防衛などに巨額の予算が必要である。しかしながら、米国は連邦国家であり、各州はいわば独立国家であるため、各人の生活に関わることは州や市町村レベルで処理することになっている。