そもそも「体罰は悪」をふりまき、日本中の意見を統一してしまったのはマスコミだ。マスコミに逆らうと人生を破滅させられてしまうので、みんな同じ意見になってしまった。

 本来、体罰の定義は「進歩を目的とした、有形力の行使」である。体罰を受ける側の利益を目的としているのだから当然、「善」である。与える側にはなんの利益もない。見かけはよく似ていても暴力は与える側の利益のために行われる。要は、体罰と暴力は目的が逆なのだ。

 だから、われわれの子供の頃は体罰を受けると心の底から「ありがとうございました」と言えた。体罰を生かす能力があったからだ。今はその能力がないからすぐに「教育委員会に訴えるぞ」となる。

 善悪は性善説で判断するものだ。「天の命ずる、これを性という」(儒教の基本思想を示した経典の四書の一つ「中庸」より)。われわれの精神の中で、天の命じたものは本能である。性善説とは、本能は善ということなのだ。

 ラショナリズムは「理性が善、本能が悪」なのだから性悪説だ。それなのに彼らはラショナリズムを性善説と言いくるめる。この自分たちに都合のいい精神論を正しいとして、欧米人は「世界征服」を繰り返してきたではないか。

 先にも述べたが、世界一正しく善である精神論「大和魂」を悪のラショナリズムに替えたのはマッカーサーの命令ではあったが、それを忠実に守る「ポチ」の官僚とマスコミの罪である。双方とも文科系の偏差値秀才の成れの果てである。思考能力がないゆえに南蛮渡来の精神論に飛びつき、しがみつく。

 そして、「日本人は愚かだが、私は優れている」と言い出す。現場に出ると自分のダメさ加減がばれるので上から目線で現場を見る。大和魂はこれを許さない。大和魂は「心身一如」(肉体と精神は一体)であり「知行合一」(知識と行為は一体)だからだ。知っているということは、それをできるということなのだ。

 だから大和魂では、本来ジャーナリストも批評家もできない。それができるのは、悪の精神論であるラショナリズムを正しいとしているためだ。正しいと確信していなくても都合がいいと知っているからだ。

 誤報で人を傷つけても「表現の自由」「報道の自由」で逃げられるので平気で悪いことをする。そのくせ「自由」とは何かは知らない。「権利」もそうだ。「子供の権利を守れ!」とヒステリックに叫ぶが、権利とは何かを知らない。言われた現場はどうすればいいのか。
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
 テレビは私を生では出演させない。録画して都合の悪い部分はカットする。自分たちの自由は主張するが、私の自由は認めない。これこそ象徴的な例だろう。

 繰り返すが、ラショナリズムは悪の精神論だ。その一形態であるリベラルや左翼はもっと悪だと思う。そのリベラルを信奉するマスコミや官僚は当然、悪である。指導者たちがこれでは日本は滅びる。救う道は大和魂を復活させることしかない。