山口良治(元伏見工業高校ラグビー部監督)

 最近、アマチュアスポーツ界で「パワハラ」と騒がれることが多いですが、思うことはたくさんあります。

 なんでも「言ったもん勝ち」という風潮で、これでは指導者が何もしないことが正解のように感じてしまいます。しかし、「手を触れあう」ことなしに、本当に指導が行き届くのか、疑問に思ってしまうのです。

 私はかつて伏見工業高校(現京都工学院・京都市伏見区)のラグビー部で監督をしていました。いわゆる「不良」が多い学校でしたが、顔が一人一人違うように、育った環境やしつけられ方がそれぞれ違います。両親が不仲だったり、逆に甘やかしすぎだったりね。

 お母さんが早くに亡くなって、いつもお弁当を持ってきていない生徒もいました。その生徒にはおにぎりを渡したりしましたよ。思い出すだけで涙が出てきます。一人一人の人生の背景を思うと、たまらなかった。私は生徒のその先の人生まで考えて、本気で向き合って接していました。

 当時、学校内でラグビー部は「山口収容所」なんて呼ばれていましたが、多い時で120人ぐらい部員がいました。指導した生徒は、みんなラグビーの試合中に大きなけがや事故なく、指導生活を終えられたことを、私は誇りに思っているんです。

 学校の中には悩みを抱える生徒を見て見ぬふりする教員もいて、「なんでほっとくんだ」っていう憤りが強かった。もちろん、そういう気持ちを正当化してくださいと今言うつもりもないですがね。本当は、知らん顔をしている先生のほうが「賢い」んでしょうけど、私はほっとけなかった。

 私は、その生徒がもし自分の息子や弟だったらと考え、本気で愛情を持って接するからこそ、親の前で泣きながら生徒に手を上げたこともありました。本当に一生懸命やっていればわいてきます、涙なんてものは。ほっとけなくて、伝えるために手を上げる、その判断は非常に難しいものでした。
レギュラー1人1人にジャージを渡す山口良治・伏見工総監督(右)=2008年1月、奈良県(吉澤良太撮影)
レギュラー一人一人にジャージを渡す山口良治・伏見工総監督(右)=2008年1月、奈良県(吉澤良太撮影)
 とはいえ、スポーツを指導することは、大変難しいことです。特にラグビーというスポーツは、恐怖に打ち勝ち相手にぶつかっていかなくてはいけません。体操の宮川紗江選手が体罰を受けていたと報道され話題になりましたが、体操も同じでしょう。あんな高い鉄棒で技を決めたり、平行棒から飛び降りたり、命の危険もありますし、怖いはずです。つらいこともたくさんあるでしょう。

 ただ、指導する側はその恐怖を代わってあげることができないだけでなく、怖いことをやらせなくてはいけません。その恐怖に打ち勝てるようにするための指導を、パワハラや体罰だと選手が感じないようにと考えながら、また周囲の目を気にしながらするなんて、果たしてできるのでしょうか。

 宮川選手はコーチの意図が分かっていたんだと思いますよ。命がかかった練習の時、コーチの一言で救われたことは多々あったでしょう。そんな関係性を知らない人たちが外から騒ぎ立ててニュースになっていく今の世の中は、なんだかおかしな方向にいってしまうのではないかと危惧しています。