黒井文太郎(軍事ジャーナリスト)

 10月31日、トルコ検察はサウジアラビア人記者、ジャマル・カショギ氏が同国のサウジ総領事館入館直後に、最初の計画通りに絞殺されたことを公式に発表した。これまでリークの形でトルコメディアが報じてきたが、トルコ当局が認めたのは初めてだ。

 遺体も発見されていない状況で、トルコが殺害の経緯を断定したというのは、やはりリーク報道されてきたように、犯行の様子を記録した何らかの音声データなどが存在したということなのであろう。

 そもそも、そうした有力な証拠がなければ、サウジ当局は最後まで「自分たちは無関係」で押し通したはずだ。つまり、トルコ側は早い段階で、表向きには決定的証拠を開示しないまま、サウジにはそれをおそらく突きつけていたということになる。

 トルコはこの件ではサウジを強く非難し、容疑者をトルコで裁くことや、誰の指示によるものかを明らかにすることを主張している。エルドアン大統領は11月2日付のワシントンポスト紙への寄稿で、殺害が「サウジ政府の最高レベルの指示によるもの」との見解を示したが、それでも有力視されているムハンマド・ビン・サルマン皇太子の指示疑惑については、言及を避けている。そこを突くと、サウジ当局が全力で反発することが必至なため、手加減しているという構図である。

 しかし、カショギ記者殺害にムハンマド皇太子が無関係など考えられない。サウジ当局はこの犯行を情報機関である「総合情報庁」(GIP)の一部の暴走として幕を引きたい考えだが、そのストーリーには無理がある。既に明らかになっている実行グループには、このGIP要員に加えて、王族警備を担当する「王室警備隊」のムハンマド皇太子護衛チームの兵士が多数加わっていたことがわかっている。

 つまり、GIPと王室警備隊皇太子護衛チームの混成部隊だったわけだが、GIPには自分たちとは全く系統が違う別組織であり、しかも自分たちより発言力が強い皇太子護衛チームを取り仕切る権限はない。そこは、ムハンマド皇太子もしくはその最側近による承認・指示がなければ、こうした編成にはならないのだ。

 そして、仮に側近が指示したとしても、皇太子の了承を得ずに勝手に動くことはまず考えにくい。結局のところ、決定的な証拠はないとはいえ、誰が見てもムハンマド皇太子のカショギ記者暗殺命令があった可能性は高いと言うしかない。
2018年10月、トルコ・イスタンブールにあるサウジアラビア総領事館前で、行方不明になったジャマル・カショギ記者のポスターを手に抗議デモを行う人たち(共同)
2018年10月、トルコ・イスタンブールにあるサウジアラビア総領事館前で、行方不明になったジャマル・カショギ記者のポスターを手に抗議デモを行う人たち(共同)
 今回の殺伐とした事件を機に、2017年6月に皇太子ポストに就いて次期国王の座を公式に射止めたムハンマド皇太子が、他の王族を追放して強権的な恐怖支配を進めている実態が次々と報じられている。

 この33歳の若き皇太子はこれまで、脱石油を目指して新たな産業構造への転換を図ったり、女性の権利を広げたりするなど、国際メディアでも「改革派の旗手」のようなプラスなイメージで紹介されるケースが多かった。