李相哲(龍谷大学教授)

 旧朝鮮半島出身労働者(以下「徴用工」)による訴訟で韓国大法院(日本の最高裁判所に相当)は新日鉄住金に一人当たり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じた。これに対し、安倍晋三総理は「ありえない判断だ」と切り捨て、河野太郎外相は11月6日の記者会見で「暴挙だ」「国際法に基づく国際秩序への挑戦だ」と批判した。

 一方の韓国政府は、日本政府の反応について李洛淵(イ・ナギョン)首相が「妥当でなく賢明ではない」と応酬、日本が問題を外交的な紛争に追い込もうとするとして「遺憾」の意を表明した。

 ただ、不思議なことに日韓関係の根幹を揺るがしかねない今回の事態について、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は一言も触れていない。

 そもそも、この問題に一番熱心だったのは文在寅氏だ。文氏は、法務法人「釜山」に弁護士として在籍していた2000年頃から徴用工問題にかかわった。三菱重工業広島機械製作所の労働者として強制的に徴用されたとする6人の代理人の一人として訴状、準備書面、証拠資料を集め裁判所に提出した。

 この裁判は、1審、2審とも原告側の請求は棄却されたが、2012年5月、韓国大法院は「損害賠償請求権は消滅されていない」として原審判決を破棄、釜山高等裁判所に再審理を命じた。その後、釜山高等裁判所が三菱重工業に損害賠償を命じる判決を出したのは2013年7月、三菱重工業はこれを不服として上告し現在大法院に係留中だ。

 大統領就任100日記者会見で文氏は、徴用工問題について次のように述べている。「両国間で合意(65年の日韓請求権協定を指すものとみられる)があったとしても強制徴用者個人が三菱をはじめとする日本の会社に対して有する民事的な権利(請求権)はそのまま残っているというのが韓国法院の判断だ。政府はそのような立場で過去史問題に臨んでいる」(2017年8月17日の記者会見)。

 文氏は大統領就任前に、徴用工問題の訴訟を起こした張本人なのだ。大統領就任後もこの問題を追及し続け、司法判断にガイドラインを提示したといってもよかろう。

 文政権発足後、韓国では政府の各部署に積弊清算(それまでに蓄積されてきた様々な弊害を一掃する)を目的とする作業部会がつくられ、過去の政府の「過ち」をあぶり出している。

 市民団体から選ばれた活動家や左寄りの性向を鮮明にする文氏を支持する知識人らが主軸となる作業部会は、政府各部署に対する調査に当たっている。機密文書までひっくり返し「ミス」を発見しては責任者を断罪する調査はいまだに続く。司法部も例外ではない。

 大法院で徴用工判決が出る直前に韓国検察は当該裁判を遅延させるため「裁判取引」を企てたとして朴槿恵(パク・クネ)政権時代の法院行政処や大法院などに対する捜査を行ったのもその一環だった。
ソウル中央地裁に連行された韓国の朴槿恵前大統領(左)=2017年10月(聯合=共同)
ソウル中央地裁に連行された韓国の朴槿恵前大統領(左)=2017年10月(聯合=共同)
 朴槿恵政権下に裁判所は外交摩擦を懸念し、徴用工裁判を故意に遅延させ、その「代価」として、外交部に裁判官の海外派遣枠を増やしてもらおうとしたとして、検察が法院行政処長の逮捕に踏み切ったのは10月27日。韓国大法院が新日鉄住金に対し元徴用工への損害賠償を命じる判決を出したのは30日だ。

 今回の裁判を担当したのは文政権発足後の2017年9月に大法院院長に任命された金命洙(キム・ミョンス)氏だ。金氏は、進歩左派傾向の強い判事の集まりとして知られる「ウリ(わが)法研究会」の会長を歴任し、文氏と同じ人権問題に取り組んできた法曹人として知られ、文氏が抜擢(ばってき)した人物だ。