重村智計(東京通信大教授)

 「元徴用工に賠償判決」。10月末、日本のメディアが一斉に報じた。韓国最高裁(大法院)の判決は「徴用工ではない」と言っているのに、「徴用工」と勝手に断定し、そのうえ「賠償」と誤報したのである。

 筆者は30年の新聞記者生活を経て、大学教授を16年務めた。学生には、80%以上が同じ見解のニュースと世論は「危険だ、裏がある」と疑問を持って、違う記事を書く記者を探せ、と教えてきた。記者時代の先輩には、他紙と同じ記事を書くな、と教えられた。そうして、日本国中が「北朝鮮が戦争する」と騒いだ1995年に「北朝鮮は石油がなく、戦争できない」と『中央公論』に執筆し、世論を変えることができた。

 大法院は10月30日、韓国人元工員に1人当たり1億ウォン(約1千万円)の支払いを新日鉄住金(旧新日本製鉄)に命じた。判決では、原告を「強制動員の被害者」と述べ、「徴用工」とは認定しなかった。また、「原告は未払い賃金や補償金を求めていない」と述べて「賠償」を否定し、「慰謝料請求権」を認めた。

 原告側は「未払い賃金」と「補償金」賠償では勝てないと考えて、「慰謝料」を請求した。大法院は、これを認めたわけである。

 巧妙な訴訟戦術だ。司法関係者や政府、団体関係者が知恵を絞ったのだろう。賃金の支払いや賠償金と違い、精神的苦痛などの慰謝料なら、労働の実態などの事実関係は争点にならない。判決では、根拠を示さず「強制連行の被害者」と認定した。これにより、植民地時代の強制連行被害者なら誰でも請求できる、との判例が生まれた。

 「朝鮮人強制連行はなかった」。韓国を代表する経済史学者、ソウル大の李栄薫(イ・ヨンフン)名誉教授はこの事実を明らかにしている(拙著『日韓友好の罪びとたち』を参照)。日本の代表的な研究者も今では「強制連行」の言葉を使わない。
ソウルにある韓国最高裁(共同)
ソウルにある韓国最高裁(共同)
 戦前の朝鮮半島は、労働者の自由な渡日が制限されていた。民間企業は当局の許可を得て、「募集広告」を出した。「募集」は自発的な応募であって、強制連行ではない。

 1942年からは「官斡旋(あっせん)」が実施された。村などの地方の行政単位に人数が割り当てられ、職員が住民を説得した。「徴用」は、1944年8月の「徴用令」では日本人が対象だったが、労働者不足により45年から朝鮮人にも拡大された。「徴用」は朝鮮人だけが対象ではなかったのである。