木宮正史(東京大学教授)

 韓国大法院(最高裁)大法廷は10月30日、日本の支配下で徴用され労働させられたことに対する賃金未払いなどに対する慰謝料などの支払いを新日鉄住金に求めた原判決に対する上告を棄却し、新日鉄住金に対して損害賠償を命じる判決を確定した。一方で、この判決それ自体は、6年前の2012年5月の大法院小法廷の破棄差し戻し判決によって、方向性が既に定められた予想通りのものであり、特段の驚きはなかった。

 他方で、この判決は1965年6月の日韓国交正常化の基礎となった日韓請求権協定を実質的に無効とするものであることは間違いなく、日韓関係に少なからぬ影響を及ぼすことが予想された。筆者は今後、日韓関係がどこへ向かうのか、特に韓国は日韓関係をどのような方向に持って行くつもりなのか、という不安を抱かずにはいられない。

 筆者は、この判決には同意できなかったし、こうした判決が出ることが日韓関係にもたらす悪影響を憂慮していた。しかし、他方で、こうした判決が全く間違った判決だとも思わない。むろん、判決の前提を受け入れることはできないが、ある前提を受け入れさえすれば、こうした判決が出てくることは十分理解し得たからだ。

 ただ、判決内容の是非を論じる前に、まず明確にしておかなければならないのは、これは司法の判断であって、韓国政府の最終判断ではないということである。一部には、韓国政府がこの判決を積極的に支持していることを前提にした報道がなされているが、これは事実とは異なる。韓国政府は、この司法判断を受けてどう対応したらいいのか、依然として悩んでいるというのが正直なところではないか。この判決に対する日本の「過剰反応」を批判しながらも、この判決を尊重すると言うだけでそれ以外沈黙を守っているのは、その証左である。

 現時点での韓国政府の立場は、徴用工に関する補償問題は1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に解決」しているというものであり、司法の判断とは異なる。もちろん、今後、韓国政府が既存の立場を変えることで、この司法判断がそのまま韓国政府の立場になってしまう可能性を排除することはできない。特に、日韓両政府が現在のように非難合戦をエスカレートしていくと、「売り言葉に買い言葉」で、そうなってしまう危険性は高まる。

 翻って考えると、今回の判決は、既に2012年5月にある意味では決まっていたと考えられる。韓国政府が1965年の日韓請求権協定の範囲外に置いた慰安婦問題をめぐって、その範囲内とみなす日本政府との解釈の違いにもかかわらず、それを放置して日本との交渉に乗り出さないのは憲法違反だとした、2011年8月の韓国憲法裁判所の判断があった。その司法判断とある意味では競争するかのように出てきたのが、2012年5月の韓国大法院の小法廷判決であった。
※画像は本文と関係ありません(GettyImages)
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 この小法廷判決は、徴用工である原告の請求を棄却して賠償を認めないとした下級審判決を破棄差し戻ししたものである。この判決は当時の韓国の学界においても、従来の通説を覆す「画期的判決」と受け止められた。換言すれば、当時の韓国社会でも、この判決は「意外」なものであった。この判決の政治的責任を第一次的に負うべきなのは、韓国政府の過去の外交政策を否定することで、その選択を極度に制約してしまうような、こうした判決を「許容」した、当時の李明博(イ・ミョンバク)政権にあったと見るべきだろう。それだけ、当時の李明博政権は極度のレームダック状態にあった。

 筆者がこの小法廷判決に驚いたのは、その結論というよりも、その論理であった。それは、今回の大法廷判決においてもその多数意見がそれに従うように、ある意味では「韓国社会ウケ」するものであり、韓国社会の中でそれに抗することが難しい論理を展開したからであった。