ある韓国人ファンは、日本語で次のようにツイートした。

ここ最近、ツイッターの通知でいろんな方と意見を交わしました。「ボイコットをしてたのしいですか?」とか、「ボイコットをしたらファンではない」という言葉ももらいました。私は私が好きなアーティストが来韓してほしいです。ですが、その前に好きなアーティストが「差別主義者」だと言われるのは嫌です。(略)セカオワが私に教えてくれたのはある問題から「沈黙しない勇気」と「目を逸らさない勇気」です。(略)セカオワが正しいフィードバックして、みんなの声を聞いてくれるアーティストに成長してほしいです(日本語の文法を一部修正)


 韓国のファンからは「フィードバックがほしい」という声が目立った。女性の体を性的なモチーフに使うこと、それを無批判に装飾に使うことは、新しい趣向ではない。それはもう古い時代の「楽しみ方」で、現代でやることではない。なぜ「セカオワ」が、このような現代では差別的だと批判を浴びるようなステージセットを作ってしまったのか。本人たちの説明を聞きたい。それが、韓国のファンたちの言いたかったことなのではないだろうか。

 国内からもこのボイコットに対する賛同や理解がある一方で、ファンからの反発はやはり強い。その中で気になったのは、「みんなが作ったステージを悪く言われるのは許せなかった」「みんなが長い時間かけて考えてくれたステージセット」「メンバーが一生懸命作り上げたものなのに」といったコメントだ。

 RADWIMPSの件でもそうなのだが、若い層に多く見られる「一生懸命作ったものなのだから、文句を言わないで」という反応は一体何なのだろう。

 このようなコメントをする層の何割かは、なぜ抗議されているのかを理解していないというか、抗議の内容にはあまり興味がなく、ただただ「自分の好きなものにケチをつけられた」ことに傷ついているように見える。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 「ボイコット」という言葉を、暴力的なもの、「テロ」と同種のものと誤解していると思われるコメントも見られた。「ボイコット」は、抗議の意志を伝えるために不買などの行動を行うもの。今回の場合、韓国のファンたちは「このステージセットを使うのであれば来韓ツアーには行かない」ことを示していたと思われる。むしろ対象へ接触しない行為だと考えられるのだが。

 日本人のセカオワファンは「みんなが作ったステージ」と書いている。好きなアイドルやバンドのメンバーに対して、ファンが「みんな」という言葉を使うことは、たびたび見られる。