小学生のころ、学校の図書室で被爆体験を描いた漫画『はだしのゲン』を読んだ方々も多いだろう。そうした教育を通して、われわれ日本人は原爆投下が残虐極まりない、非戦闘員に対する大量殺戮(さつりく)行為であり、しかもそれは単純な殺戮にとどまらず、孫子の代まで苦しみをもたらす非人道的な戦術であることを知っている。これは、原爆がどこに投下されようが変わらない、極めて普遍的な真理であろう。

 ところが、韓国人は学校教育でこうした「真理」を一切学ばない。いや学ぶ機会もない。だから、原爆の惨禍についても多くが無知であり、その非人道性についても無関心。むしろ「憎たらしい日本人が原爆で死んだり、苦しんでいるのはいい気味だ」程度の認識なのである。

 原爆で、多くの朝鮮人が犠牲になったことも、今も原爆症で苦しむ韓国、朝鮮人やその子孫がいることも、日本政府が韓国人被爆者に対しても「被爆者援護法」に基づき、さまざまな支援を行っていることなどについても全く知らない。

 筆者は過去に長崎の原爆資料館を訪れた際、展示物を見学していた韓国人の団体観光客が「(原爆投下は)本当にいいことだった」と放言しているのを目撃して唖然(あぜん)としたことがある。要するに「原爆投下で日本が降伏して、朝鮮は独立できたのだからいいことだ」程度の認識しかないのである。

 これは、例えて言えば「朝鮮戦争は朝鮮人同士が殺し合う戦争だったが、日本は特需で大もうけできたのだから、いい戦争だった」と言っているようなものだ。こうした認識が染みついているため、彼らの原爆に対する言動も下劣になりがちなのである。つまり、BTSの原爆Tシャツなど氷山の一角に過ぎないのである。

 2004年1月、韓国で竹島(韓国名・独島)が印刷された記念切手が発行され、日本政府が公式に抗議したことがある。ネット上には「原爆投下記念切手」なるものが瞬く間に拡散したのをご存じだろうか。

 これはネットユーザーが勝手に作ったもので、韓国で公式発行されたものではなかったが、本物そっくりに作られていた。絵柄は原爆のキノコ雲で、それに「日本原爆投下54周年記念」という文字が添えられてあった。ちなみに、これは1995年に米国で実際に計画された「原爆投下記念切手」を参考にしたものと思われるが、米国でも日本側の抗議により切手は発行されなかった。

 2006年4月18日には、首都ソウルにあるインターコンチネンタルホテルである「事件」が起きた。このホテルで「世界の酒文化と韓国の爆弾酒」という講演会が開かれ、外交官を含む在韓外国人の前で、講師を務めた同ホテル社長、沈載赫(シム・ジェヒョク)が「爆弾酒」の作り方を実演したのである。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 爆弾酒というのは、ビールにウイスキーを混ぜて飲む韓国のお座敷遊びの一つ。わざわざ外国人を招いて、こんなくだらない宴会芸を講義すること自体にも驚きを禁じ得ない。それはともかく、この講演会には、当時の在韓日本大使、大島正太郎氏も招待されていた。その席上、沈社長は「爆弾酒」を手ずから調合しながら、次のような解説を加えた。

 「ビールジョッキにビールを入れて、ウイスキーグラスをポチャンと落とせば『原子爆弾酒』。泡の飛ぶ模様が、まるで広島に原子爆弾を投下したときのきのこ雲みたいだと言って付けられた名前」
 「反対に、ビールジョッキにウイスキーを注いで、ビールをショットグラスに入れて交ぜれば『水素爆弾酒』」
 「ビールジョッキにウイスキーを入れて、そこにウイスキーを注げば『中性子爆弾酒』と言っている」