こんなことを書くと「今さらなんだ」とひんしゅくを買うだろうが、そもそも稀勢の里を横綱にしてはいけなかった。2016年11月場所を振り返ってみよう。このとき、稀勢の里は珍しく連戦連勝し、優勝候補の筆頭だった。しかし、終盤に崩れ、終わってみると12勝3敗の準優勝で終わった。そして迎えた2017年初場所、綱取りがかかっていたわけではなかったが、鶴竜と日馬富士、大関豪栄道の途中休場に助けられ、さらに弟弟子の小結高安の援護射撃も受けて、14勝1敗で初優勝してしまった。

 これに喜んだのが相撲協会と横綱審議委員会だ。ファンの盛り上がりを受けて、「2場所連続優勝、あるいはそれに準ずる成績」をゆるゆるで適用してしまったのだ。

 こうして横綱になった稀勢の里のその後は、以下の通りである。休場を繰り返し、出場すれば「金星支給マシン」と化した。

横綱在位11場所:休場9場所(途中休場も含む)
戦歴:36勝32敗89休(優勝1回)


 この稀勢の里の36勝のうちの13勝は、横綱昇進後に連続優勝を果たした2017年3月場所のときのものである。このとき、稀勢の里は大関照ノ富士を本割と優勝決定戦で続けて下して逆転優勝したが、その後この2人がどうなったかは、書くまでもないだろう。ガチンコを貫くと悲劇しか起こらないのだ。

 普通、歴代の大横綱たちは、ガチンコだけでは身が持たない、地位を失うと知って、場所中の何番かは「注射」をして星を稼いできた。例外は、貴乃花ほぼただ一人である。

 稀勢の里の得意技は「左四つ」「寄り」「突き」で、これまでの決まり手を見ると、「寄り切り73%」「突き落とし18%」「上手投げ9%」の三つしかない。いかに不器用で、実直に「ガチンコ道」を貫いてきたかが、これで分かる。

 今場所前、稀勢の里は「絶好調」が伝えられた。スポーツ紙も「出稽古で手応え 稀勢もちろん優勝」(『日刊スポーツ』11月7日付)と、期待を煽った。
2017年1月、大相撲初場所千秋楽、初優勝を果たし、賜杯を受け取る稀勢の里(左)=両国国技館(今野顕撮影)
2017年1月、大相撲初場所千秋楽、初優勝を果たし、賜杯を受け取る稀勢の里(左)=両国国技館(今野顕撮影)
 稀勢の里は先代の師匠である鳴戸親方(元横綱隆の里、故人)の方針から、出稽古にはほとんど出ていなかったが、今場所だけは違った。場所中に対戦が予想される力士のところに積極的に出稽古に行き、好成績を残していた。

 ところが、蓋を開けると4連敗。初日の小結貴景勝戦で右膝を痛めたこともあったが、得意の「左四つ」に持ち込むのを焦り、おっつけをせずに左を差そうとして、相手に左を封じ込められるという不甲斐ない相撲が続いた。

 2日目に敗れた東前頭筆頭の妙義龍とは、出稽古の三番稽古では13勝2敗、同じく3日目に黒星を喫した西前頭筆頭の北勝富士とは9勝3敗だったのに、簡単に敗れてしまった。